9月は13種類にわたる”各種広報誌”が郵便ポストに配られ、その中に見つけたのが
「○○小学校・○○小学校 統合準備会だより」です(写真↓↓)。
読んでいて、「ついに来たか・・・」というのが感想です。
もともと人口1万人超えの旧町には3校の小学校がありましたが、そのうちの1校は令和を待たずに廃校し、これで一つに統一されることとなります。
なくなる小学校は、写真館さんからの依頼で安価アルバイトカメラマン(おそらく先生たちはそうは思ってはいない)として「卒業アルバム用、入学式・修学旅行・秋の運動会・卒業式」の撮影にお伺いした場所です。
初めて高台にある3階建ての校舎の階段を登り、廊下の先、視界に広がった太平洋に”海が見える!”といたく感激した覚えがあります。
入学式。
児童数の減少ですでに”一けた”の新入生。
集合写真でも”一人ひとりが大きく写る”のがメリットでした。
修学旅行。
統合前の”慣らし”の意味合いもあった、”2校合同の修学旅行”は隣県の歴史名所・会津若松市まで。
1台のバスに2校分の教職員(含保健の先生)込みで1泊2日。
例によって”予定びっしり・てんこ盛り”で、それこそ分刻みの移動が続きました。
片道6時間をかけた往復は”帰路の寝物語”を生み、県北端は県央と同じ場所でなくてもいいのでは・・と思った次第。
秋の運動会。
”漁師さんがいる”土地柄、校庭に何枚もの大漁旗がはためく中、こじんまりと、それでも盛り上がり昼前には終了しました。
卒業式。
春まだまだ寒い3月、”バズーカ砲”を(勝手に)想像させる”大型ヒーター”が複数台稼動する中、広い体育館で入学式と同じように・・・。
運動会で話をした同年代の先生が先月急逝したことを知り、手元に残る写真にお別れをしたのもこの時でした。
たいへんお世話になりました。
「統合」は来年(令和6年)4月。
リアス式海岸の細長く伸びた半島は1本ですが、地元業者の大型バスを使った「スクールバス」は2ルートの運行予定だとか・・。
6回の準備会で”話し合った”ことは、
・校名、校歌、校章、運動着は旧町名の小学校に統一する
決まったことは、
・名札をなくなる小学校カラーの緑色にする
・児童会の歌を、統合後に児童が話し合って決定する
両校の良さがひとつになり、より良い小学校になりますように・・・・・。
市では、この2校以外に来年統合される2校が”市を挟んだ反対側の旧町”にあり、なくなる方は初めて運動会の撮影でお伺いし、昨年10月も訪れた学校です。
体育館の壁に飾ってある、卒業生制作の大きな版画と”お国のため・・・という文章が入る、戦前にできた校歌”が印象的でした。
他に・・・昨年3月、中学校がなくなり、卒業式と運動会でお伺いした”島(半島ではない)”の小学校は(予定通りなら)この春の新入生は3人。
こちらも遠からず、統合される予定です。
ここで思い出したことが一つ。
かつて、30年間県央のリサイクルショップに多くの警察官の訪問を受ける中(各種捜査のため)、”警察署内にある交番”勤務の方がいました。
彼いわく、「仕事は大変」で、「○○君、ミスしたら○島(へき地)行き(勤務)だぞ~と署長に言われることがある」とのことでした。
真意は不明ですが、今思えばその島こそ県央から約130㎞離れた上の島だったのです。
遠隔地が懲罰のたとえに使われる・・・よくありそうな話ですが・・・・・。
9月の市の広報誌のグラフでは、7月の人口58000人は7年後48000人、17年後33000人に減少し続ける見込みだそうです。
お盆におじゃました”圏央”とはあまりにも違う”生活(環境)”。
”地方”は程度の差ことあれ”衰退していく未来”が目の前にあります。
その姿が見えていようがいまいが、意識しようがしまいが・・・・・。
こころ豊かに、その条件を逆手にとり年長者ほどのんびりいくだけ(楽しむだけ)、なのかもしれません。