三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

昭和の東西ヨーロッパ行 86 フランス語圏とドイツ語圏 スイス バレー州 No.577

(隣県の広い砂浜に隣接する漁港 険しいリアス式海岸にあって平坦で広い敷地 昨日は隣市の高校の卒業式でした)

 

1月、病院嫌いは2年半前からの体調不良が週の間再発、半島の開業医で検査と薬をもらえば、”健康寿命”より10年以上速い”不健康の訪れ”に”弱肉”を自覚する、へき地県境民です。

なので、今月15日の小学校卒業式の撮影(卒業アルバム用)アルバイト依頼が写真館さんからありましたが、、、。

 

今から38年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

6月25日(水)

フランスから越境しスイス滞在6日目

(地図と写真/小文字の文はグーグルマップより)

 

この日は西部無名の町、バレー州州都シオン(地図下↓↓中央左)から東方、無名の村フィエッシュ(地図下↓↓右19付近)へ。

バレー州内でもフランス語圏からドイツ語圏へ。

 

一昨日と違い、同じ”団体”でも引率の先生が??なのと、”物心ついた生徒”のためか、昨夜は遅くに枕投げやらプロレスショー相部屋で”披露”され、寝不足のまま7時起床・・・。

 

(便せんメモより)「8時過ぎ、団体さんがチェックアウト後、奥さん(管理者・ペアレントは夫婦のことがある)は部屋の片づけのみならず”廊下のテーブルに人がいても空いたイスを上げている」

この国では通常10時チェックアウトがここでは9時ですが・・・。

(*ユースホステルは国によりイン/アウト時間はバラバラです)

30分もつはずの電気コンロは20分”でしたが、管理がいいだけに残念でした。

 

10時1分発の鈍行(列車)に乗り、両側にブドウ畑広がる谷を行けば、いつの間に標高が上がり、海抜500mのシオンから分岐点ブリーク地図上↑↑中央”フィスプ”の右隣)に着くころには650mに。

走行中、駅の表示アナウンスが突如”フランス語からドイツ語に変身!”したのは驚きでした(★同じバレー州です)。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipN41ryg37HIEdyYstYQ7QLQ0UuVwr5ftutLtm6W=w408-h544-k-no

(沿線 ブドウ畑がたくさん)

 

この街もたくさんのでお客さんで観光一色。

なぜならブリーク駅は

マッターホルン観光の起点ツェルマット方面

・(これから乗る)アンダーマット方面

首都ベルン方面

イタリアミラノ方面

ローザンヌ/ジュネーブ方面(来た道)

の”5差路”にあたるからです。

・イタリアミラノ方面では、全長約19㎞にも及ぶ”シンプロントンネル”の起点ですが、鉄道ファンが乗ってしまえば行き着く先はイタリア・・・(断念)

 

駅で会った香港人によれば「ツェルマットで多くの日本人に会った」。

多くの日本人が来ていたこの国もコロナ前の33年後(2019年)にはC国人にとって代わられ、日本人はめっきり少なくなるとは当時知るよしもなく・・・・・。

 

(下記ブログはシオンの先からブリークまで写真入りで記載しています)

koppasan.hatenablog.com

 

13時7分、私鉄で”線路幅が1067㎜・ナローゲージ”の登山鉄道は、かわいい電気機関車が3両の客車を引っ張ります。

列車はまるで日本の山岳ローカル線のようにくねくね道を少しづつ登って行きます。

向かい合った座席の窓際テーブルに地図(路線図)があり、途中ロープウェイの起点となる駅をいくつか見かけました。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNKSDz48WouORQ0THokqdGOjqRLPgvsXRhNphrm=w408-h306-k-no

(沿線 狭い谷)

やがて、いっそう狭い谷をあえぎながら登り、なんと”ループ”を描きながら進むに至っては”登山鉄道”を実感するばかり。

 

山肌が左右に迫る景色を堪能すること1時間、14時に着いたフィエッシュ

冬場はスキー客でにぎわう村も今はギンギンの太陽を受け、肌もあらわな観光客たちがくつろいでいました。

 

(下記ブログはブリークからフィエッシュまで写真入りで記載しています)

koppasan.hatenablog.com

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipO9XJSU0PR2wP9XltnYUwxjAzNwypWN8bJQHWV5=w426-h240-k-no

(フィエッシュ駅から坂を下ること3分で川に出ます)

 

ユースホステルは徒歩8分の”ケーブルカー駅から一駅”。

と言っても、標高1040mから2020mへ一気に登ります。

そして翌日目指すは氷河が見える終点2980mまで。

6月下旬はまだシーズン前なのか、大小のゴンドラが動いていました。

 

(下記ブログはフィエッシュのケーブルカー駅写真(↓↓)入りで記載しています)

koppasan.hatenablog.com

 

 翌日の2000mのユースホステル話につづく

昭和の東西ヨーロッパ行 85 名も無き谷の町で スイス バレー州 シオン No.576

グラフを見れば自己防衛の必要性を強く感じる、低所得へき地県境民です。

さてどうしましょう、、、。

 

今から38年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

6月24日(火)

フランスから越境しスイス滞在5日目

(地図と写真小文字の文はグーグルマップより)

 

西部レマン湖沿いのジュネーブローザンヌから、名も無き東部の町シオン(地図右下↓↓)でこの日は一休み。

フランス語圏のシオンは、スイス南部、ヴァレー州の州都。ローヌ川左岸に位置している。スイス有数のワインの産地で、ヴァレー産ワインの集散地となっている。ドイツ語名はジッテン、ラテン語名はセドゥヌム。

(谷間を挟んでくねくね道路 底に幹線道路 山の赤線はゴンドラリフト

 

当時はほとんど日本人に知られていないこの町で、バスに乗り見知らぬ山の中へ行こう! と10時20分発で28分に来たバスに乗り込もうとしたら、(運転手さん)「切符は郵便局で買いなさい」。

バスは黄色い、ラッパのマークの”郵便バス”でした。

あせって郵便局へ行けば、”人の列”・・・買えない。

とうとう”おくりびと”になってしまいました・・・・・。

 

(本数少ない)バスがだめなら町中があるさ。

歩け歩け~!

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipOFs7tfev7syenRJJI0WgWDHq_7BbwkMpzud5zq=w408-h544-k-no

(シオン 建物はフランス語圏の色)

 

(便せんメモより)「岩山は道路にせり出し、畑の中にあり、ボコボコ」

「飛行ショーがあるのか?近くの飛行場では飛べや降りろや、”二枚羽根”からジェット機まで飛び交っている」

岩山からのんびりそのさまを見ていると、おもちゃか何かがこちょこちょしているような、何とも言えない感じでした。

 

町のシンボル、2つの城へはどちらも徒歩10分。

片方に行けば、”崩れてる”・・。

これまた行けば”崩れ放題”の教会の、風吹く岩山から町や遠い山並みをしばし眺めれば、2700m~3000m級の山の頂を時折雲が行き交うことはあっても、基本は”白雪・みぞれ模様”でした。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNdHrK06ivSwsfAVfVknIWnCwQWQhIWyHtO-yRP=w408-h306-k-no

(城跡と言うべき城)

 

岩山から遠くの岩山を見、遠くの山の中腹にへばりつく村並みを見、谷間の町を見ていると、つくづく山国を実感するバックパッカーでした。

(メモより)「植物も日本のそれとはだいぶ違う」

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipPmvuhFAksi3eRKRYG8U6T7nknztheitkXWciQt=w408-h306-k-no

(谷の両側は3000m級の山が連なる)

 

スーパーで食料を足し(*備蓄)、夕食は”レバーいため(*肉類では一番安い・それでも100gやっと200円切りくらい)・ゆでたカリフラワー・きゅうりの塩もみ・ごはん・スープ”で久しぶりの満腹定食、ごちそうさまでした。

この町がワインで有名なことなどつゆ知らず・・・(*バレー州はワインで有名)。

 

ふと気づけば「今日も団体」・・・(*相部屋)。

その夜も喧騒(けんそう)はあっても静寂はなし、を覚悟するバックパッカーでした(#厳しい〜)。

 

 つづく

 

(スケッチ 城からローヌ川沿いのシオンの町 両側は3000m級の山々)

 

昭和の東西ヨーロッパ行 84 レマン湖のほとりで手足動かし スイス 欧州 No.575

市の広報に載っていた新生児の名前は「真面宙、梨鳳、雷冴」、読み方は「まひろ、りおん、らいが」。

なんとか「らいが」を読めたと思えば、「冴」は「が」でなく「さえ」で変換され6通りの読み方があるらしいことに驚く、へき地県境民です。

人名用漢字なら、例えば「太郎」を「はなこ」と名付けていいとは、、、。

 

 

今から38年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

6月23日(月)

フランスから越境しスイス滞在4日目

(地図と写真小文字の文はグーグルマップより)

 

この日はスポーツ関連機関が多く集まるローザンヌからリゾート地モントルー経由でシオン(地図↓↓右下)を目指しました。

いずれもフランス語圏です。

 

幸い本日も晴天ナリ。

平日最初のこの日、やっと両替できると訪れた駅周辺の銀行はどこもレートが同じでしたか・・・(両替ス)。

レマン湖に浮かぶヨット一色のローザンヌの港で人慣れしたスズメにクラッカーをどうぞ!

(便せんメモより)「日差しは強く、白人のつわもの(強者)は泳ぐ」(*山国の湖の水は冷たい)

 

対岸にそびえ立つ高い山山がとても印象的でした。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipMiBdYpjTMsOaULL1SopfOOv7v9Z-zHi2_8JhIz=w408-h306-k-no

(山沿いの村)

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipN5fvptBSUMgF_8JqSV7yAVtEi9bmeVQz6tacgg=w408-h306-k-no

(標高4807mのモンブランですが、こんな至近距離ではなくかなり遠くに)

 

11時56分、(メモより)「病みつきになりそうな”鈍行(列車)”に乗る」

電気機関車が客車をけん引する列車は右に湖を見ながら、「時に札幌地下鉄のごとく、すばらしい加減速の走りを見せる」(*日本の機関車のイメージとは違う)

駅の間隔が短いせいか(?)車掌さんが切符売りと検札に頻繁(ひんぱん)にやって来ます。

 

12時30分、30分強でレマン湖の伝統的なリゾート観光地、モントルー到着。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNphFMCntfxkFA59L1fQqTAQUQq984ep7cciy1g=w408-h306-k-no

モントルー 背後に高さ圧巻の山々がそびえ立つ)

 

”急斜面の丘がある町”で初めて登山電車が見られると期待していたら、

(メモより)「路面電車そのものだった」

 

小さな町は多くの観光客でにぎわい、「日本語でチョコレートと書かれた店、JCBカードの使える店まである」(*当時日本会社のクレジットカードは使えるところがかなり限定されました)

さすがレマン湖に面し、近くにシヨン城をかかえる国内有数のリゾート観光地モントルーです。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipMaApJnlRzCopWyBTtYPVhTMh1_vDMrobQmNzMZ=w408-h306-k-no

レマン湖岸 シヨン城 現在の入場料は2305円

丸天井のある地下牢と 4 つの大きなホールがある湖畔の城。展示や文化イベントが催される。

 

スーパーで買い物できたのは、

・オレンジジュース1L 1.1フラン・105円

・トマト(小)2個 0.7フラン・66円

・ネギ1本とにんじん5本 3.2フラン・300円

 

通貨単位はスイスフランで1フラン=約92.5~100円

国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)

 

周りは全て高いものだらけで、同じものがつい先日フランスで2分の一~4分の一で入手できたのにという想いはあれど、そこは現実を受け入れるしかありません。

 

そこで気晴らしに湖で泳いでみました。

町から多少離れた、人気のない湖畔の草むらにリュック(*全財産)を隠しちょっとだけ・・・。

6月下旬、フランスと違い高地スイスの湖は晴れても冷たい!

それでも、波も立たない、周りに誰もいない”貸し切り”湖での平泳ぎは気持ちいい思い出になりました。

 

14時58分、観光客で混む町を”快速(列車)”で一駅南下。

これまた”登山電車”の起点エグル(モントルー南部)駅前には2両が停まっていましたが”乗れない(*時間とお金の関係で)”。

駅徒歩2分のスーパーで少量食料を追加したら本日だけで1500円・・。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipOjbhrqHsDWzpcohAFaqN6jzWAx1szKVvukV7Pa=w408-h271-k-no

(エグルのお城とワイン畑)

 

これまたエグルから南下した先、ベーも駅から山に向かい路面電車のような登山電車がありましたが、なにせゆっくり走って片道十数キロ・2000円では・・・。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipMvrpPv3mQtV66VCHObjHQ-SohmVdsuNMk9xPio=w426-h240-k-no

ベー 写真はモー)

 

このあたりまで来ると、目の前に迫るちらほら雪をかぶった岩山の高さに圧倒され始めました。

モントルーから”し”の字を描くように、南下したあとは一路東へ。

 

列車の両側に迫る山々。

かっ飛ばす急行に体を飛ばされながら、がらがらの車内を左右に移動して、目の前に広がるパノラマをとくと目に焼き付けました。

(メモより)「少ない揺れとすごい音!」

「窓ガラスを下げてもすぐ上がるものがよくある」

 

列車は山の間(谷間)をうまい具合に走り抜けていくよう。

「あちこちにある”山の中腹の家々”はなんで立っているのだろう?(*山を下り、もっと便利な谷に暮らさないのだろうか?? みんながみんな牛飼い・羊飼いではなさそう)

それらは下から見上げるだけでも、行き来の大変さが想像できる立地でした。

冬場は特に。

 

谷からそれほど遠くない場所に、3000m級の急峻な岩山の群れが”壁”を作っているかのよう。

その頂きの”とんがり具合”は日本ではごく限られた場所でしか見られない(?)

 

17時、目的地シオン(地図↑↑右)に到着、ユースホステルは駅徒歩6.7分という好立地。

7フラン・680円というありがたい宿泊代に(*今なら5000円)、0.2フラン・20円で30分使える”電気コンロ”も台所にありました!

さらに冷蔵庫まで!!

やった~!! 宿泊者も少なくいい所・・・と思いきや、このあとやってきたのは、小学生の御一行様”・・・。

 

安価で自炊OKの宿に休養と栄養補給を兼ねて連泊、明日は近場を回ることを決めました。

地元出身の管理人・ペアレントさんいわく、「(この先)ツェルマットインターラーケンは有名処で人や店が集まっている」

マッターホルン入口ユングフラウヨッホ入口はたいそう人が多いらしいことを聞き、遠くから見上げるだけにしたバックパッカーでした。

それでなくても周りは山・,・・・。

 

 つづく

 

 

 

 

 

地方都市 仕事はある 給料は 三陸沿岸 地方移住/ハローワーク No.574‐A

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipM4D80_RkLVfwupKK75PNQVgQy8O8q8L-0QLODZ=w408-h272-k-no

(リアス海岸にもある海水浴場 写真はグーグルマップより)

 

先日、知人が再就職先を探しているというので、どんな感じか教えてもらいました。

三陸沿岸の地元では一度も訪れたことがないハローワークですが、ネットで”事務職”を検索した結果は以下のようなものでした。

 

・漁業       正社員  15万円から  日祝休み

・漁協       臨時職員 16万円    土日祝休み

          臨時職員 16万円~16.5万円 週休2日 *現場立ち合いあり 

・農協    契約社員 135,800円~153,400円 土日祝休み

・魚加工工場 契約社員 164,000円~208,000円 日祝休み

・運送会社  契約社員 152,000円~168,000円 *3カ月更新

 

・大手地方銀行  パート  時給950円

社会福祉協議会 パート  時給929円 週休2日

・保険会社A    パート  時給975円

 

知人いわく、「漁業の事務所なら魚がもらえる?かも・・でも、漁船員さんの不足と高齢化でいつまで事業が続くやら・・・」。

 

これらより求人件数が多い小売り・サービス業なども見てみましたが、技術職などの一部を除き条件は似たり寄ったり。

一方、大手求人サイトでは飛び抜けて高額のものも少数ありましたが真意はどうでしょう?

スーパーなどは全店舗が出ていたりすると、集まらないのかなと思ってしまいます。

 

金額(月給・時給)を見て”高い”と思う方はそう多くはないと思われますが、収入と同時に他地域と比較され重要なのが支出(生活費)です。

 

「住」

そこで住まいは?と大手サイトを見てみると、アパートを中心とする家賃は

・築46年 3K 3万円~3.5万円

・築24年 3DK  3.5万円

・築59年 3K 3.5万円

・築45年 2K 3.5万円

・築29年 2DK 3.5万円 ・・・ほかにも似たような築浅ではない物件が多数

(*3万円未満は長年ありません)

 

・家賃4万円になると 築51年 2K とか 築38年 1k とか 築54年 3K とか

・家賃5万円で築62年 3K などというものも・・

 

築浅はないのかと見てみれば下記のみ、

・築10年以内で 1K 5.5万円 は掲載写真から復興作業員の宿舎だった?

・築17年 2LDK 6.2万円~7.2万円 まで掲載されていました

 

古い”昭和の市営住宅はありますが、2DK エレベーターなし、 

駐車場代を入れると3万円オーバーです。

さらに、給湯器等初期費用が別途かかります。

他に風呂釜まで購入する必要のある市営住宅も他にありますが・・・・・。

 

震災後各所にたくさん建てられかなりの数が空いている市営住宅(*災害公営住宅単身不可(*60歳以上は場所により可)ですが、夫婦か家族2人以上で上記のような収入なら格安(概ね2万円台~)で住むことができます。

築6年から8年が多いのでとても快適です(*自分は戸建て1SLDK ・55㎡・納屋付)。

 

空き家バンクは過去何十回と見ても他地域と比べ昭和30年代/40年代からの割に割高な物件が多い印象で、実際何軒か賃貸・売買物件を見てみましたが・・・・自分は諦(あきら)めました。

 

「衣」

フリマやリサイクルショップはほぼありませんがユニクロしまむらはあり、衣類はあまり地域間格差がない方かもしれません。

 

「食」

スーパーは人口の多い県央の方が数多く選択肢があり割安です。

海産物”は産地が近い割に割高で、知り合いに漁師さんがいない限り都市部と同じくスーパーで購入することがほとんどです(*もらったけど量が多いのでと言ってたまに回ってきます)。

 

「その他」

電気屋さんはチェーン店が(まだ)複数あり、ネット以外の選択肢があります

地元電気店は今でも”お得意様商談会”を定期的に開催しているようです

家具屋さんはチェーン店がなく地元店の営業はありますが、希望に応じて離れた場所まで出向くことになります。

ホームセンターは2社3店で、割安大型店は隣接する隣県に。

自動車必須の地で車の諸費用(購入費・車検やオイル交換/修理等維持費・ガソリン代)や水道光熱費も少数の人口で割高です(*税金は除く)。

用事で120~130㎞離れた県央の県庁所在地へ赴(おもむ)くにも、時間とお金がかかります。

 

自営業主(自分で仕事を行う)ではなく非雇用者(人に雇われる)希望の知人は上記の中から選ぶか、希望に沿わない場合新規求人を待つことになります。

なので、地元の方で家から通ってなんとか生活が成り立つ・・・感じでしょうか?

 

「地方移住」

自治体は数日から2カ月までのお試し移住(数日は”滞在”)を継続中のようです。

対象者は医療費等費用のかかる中高年(*自分)ではなく、なるべく若者か子育て世代(*現役世代の納税者)が望ましいかもしれません。

他の多くの自治体と足並みをそろえるように、「小中学校の給食費の無償化や医療費助成」は昨今行うようになった模様です。

 

お試し移住(数日は滞在)以外は特に”特典”のようなものはないので、仕事も住む場所も自力で得ることが求められます。

 

無事移住できたとして、これからも小中学校のみならず高校も統合が進む中、”自然の中で子育て・卒業後は大都市部へ進学・就職”の流れはそう変わらないのでは、という予感。

 

地方暮らしの収入と支出の現状を一例ではありますが、参考までに列挙いたしました。

 

公共施設を含めいつも空いている場所が多く、並んだり駐車場を探すことがほとんどないのは少数人口の利点です。

人間関係を含む環境は悪くない、むしろいい(*個人の意見で個人差があります)と思う自分ですが、なんの”つて”や”ご縁”もない場合、移住先候補になるかどうかは何とも言えません(★暑いより寒い土地です)。

 

奇しくも先日、山陰と山陽地方の2つの町の”今後の町づくり”を映像で見る機会がありました。

⇒「住みやすく・働きやすく、時間はかかっても町の中心部に人や各種施設を集約する」(*個人的には理想と思いますが実現は容易ではありません)

 

自治体の移住者を呼び込む、人口減少を前提としたあの手この手の対策・工夫に、「ライバルは全国・引く手あまた」という認識を再確認した、へき地県境民です。

 

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipN1gLLWlbjaUa7A7ijKsM1UZUD4ip0N3Ca56d3O=w408-h271-k-no

(島の展望台から太平洋を望む)

 

 

 

昭和の東西ヨーロッパ行 83 国際都市ジュネーブから三日月湖を行く レマン湖 スイス No.574

昨朝、沿岸部に降った雪は珍しく15センチに及び、雪かきはシーズン1回目。

 

県の最低賃金は923円のようですが、別に特定最低賃金が特定産業で959円・986円・1003円なことを知らなかった、へき地県境民です。

 

今から38年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

6月22日(日)

フランスから越境しスイス滞在3日目

フランスリヨンからスイス西口ジュネーブ、そしてこの日はレマン湖北岸のIOC本部(オリンピック委員会)がある街ローザンヌまで。

(地図と写真はグーグルマップより)

 

交通費を少しでも安くしようと、駅で買った”半額旅行カード(35フラン・3300円)。

これさえあれば、その名の通り”運賃が半額”になります。

それが、33年後の2019年、ご縁あり母を連れて再訪した際は120フラン・14000円になっていて、5年後の2024年現在は円安で20450円(*1.46倍)と恐ろしい金額に・・・。

 

通貨単位はスイスフランで1フラン=約93~100円⇒2019年118円⇒2024年170円

国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)

 

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipM_o4e0nm0w2XNrOOCOIfSpMaGkHERWlyQ7gyxz=w426-h240-k-no

(現在のジュネーブ駅)

 

と、そこに一人の日本人。

当時はまだ日本人がそう多いわけでもなく、日本人らしき人がいれば話しかける習慣が出来上がっていました。

その女性は全日空勤務で1週間の予定でスイスを回るとか。

今まで中国・ニュージーランド・ドイツ・インドネシア滞在歴あり。

彼女いわく、”土日に10年に一度の祭りがあり、午後パレードがある”というので、25CL(250CC)2.8フラン・270円の瓶ビール片手に見物することになりました。

 

パレードはプロビンス(行政区)ごとの衣装で華やかそのもの。

(便せんメモより)「”重いカウベル(*牛や羊が付けるのの特大な鈴)背負い地獄”など」

炎天下の湖岸通りは人で一杯!

(絵はがき)

3000円の桟敷席で汗をかいている彼女はたいへんそう(*自分は無料の立ち見です)。

(メモより)「ホルンからヤギからいろいろ見れたのは良かった」

 

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNAAQKdY1764ecTRxmklstGuMY_tlUmo5pZtST0=w408-h306-k-no

スイス国鉄の駅 ドイツ語・フランス語・イタリア語でSBB・CFF・FFS)

 

15時26分発のFast(快速)は”十字マーク”のスイス車両で、機関車(*客車をけん引する)の加速のすごいこと! 

(メモより)「すぐ100kn/h」で、三日月型のレマン湖畔をガンガン飛ばします。

並行する幹線にはたくさんの車が走っています。

 

マッターホルンと並ぶ有名山ユングフラウヨッホへの起点インターラーケンへ向かう彼女と別れ、ジュネーブローザンヌの中間地点ニヨン(NYON・地図↑↑)で降りたのは、その当時はやっていた”海外旅行本・地球の歩き方”に載っていたからでした。

(メモより)「長い坂を下りレマン湖畔に行けば人・、そして

さすが、おすすめの地は寂しくないように、太陽も人もいっぱい・・・。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipPPbIYZ3ggxpfS_5psUFXk-ct_K-OoLvuMkQ-vW=w408-h300-k-no

(ニヨン レマン湖畔)

 

ニヨンから乗ったローザンヌ行鈍行はその名の通り、急行待ち+αの間に反対行きの5本を眺めながら17時50分に到着。

土日は駅でしか両替できないドルは明日(平日)市中で」

 

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNzASgf28-IgX52Nh2jNhx1UoF9lFmjjCSbLk92=w408-h271-k-no

(現在のローザンヌ駅)

 

このあと幸いユースホステルには泊まれたのですが、”ユースホステルガイドブックにあった台所”はなく自炊はできませんでした。

ならば、明日移動したくもなります(*栄養補給はとても大事です)。

 

からっとした暑さ残る明るい夜。

 

まだ二つのユースホステル利用でしたが、台所設備に難がありそうなスイス。

宿に電子レンジなどはまだなく、暖かい食事は高価なレストラン以外では食べられない(テイクアウトはあまり見当たらない)。

この条件はかなりキツイながらも、なんとかやりくりするほかないバックパッカーでした。

 

+++ M マクドナルド M 見つけた +++

ハンバーガー:2.1フラン・210円

・コーヒー:140円・日本より高い

ビックマック:日本より50円以上高い

*このころにはすでに日本より高い国でした

 

 つづく