フリマへの道⑦4段チェスト600円 透明衣装ケース100円 灯油ポリタンク100円 雪かきスコップ100円 No.372

11月毎週土日開催のフリマ。

3週目も晴れました。

店頭商品の「降雨時のカバー掛け」を気にせずに済み助かります(室内避難も容易ではなく)。

出店者さん複数が何を気にいったのか、連続出店。

それも、来週も、、、。

長い方で3週土日連続!!

高台からリアス式海岸と隣県岩手県陸前高田市広田湾と半島が望める「風光明媚(めいび)な場所」でお客さんは、、、、な条件にもかかわらず、大変ありがたいことです。

今週は、小さな倉庫から軽自動車一杯に積んできた品物を追加。

4000円の4段チェストは600円から。

透明衣装ケース、灯油タンク18.20Lはそれぞれ100円から。

需要は果たしてあるかいなか?

丈夫なメタルラック90cm幅、コルクシート付は1000円。

市価5000円のホースリールも1000円。

これではさすがにお客さんが少なくても、「売れる物はすぐ売れて」散髪後のように店頭は「一日でサッパリ」しました。

翌日曜。

半島他所では「かき祭り」。

大勢の人たちが新鮮な牡蠣(かき)などの海産物を求め長い列を作ったようでなによりでした。

こちらはその「おこぼれ」にあずかることもなく、週末多めの国道の往来を眺めて過ごした午後。

来週末で長かった「フリママンス(一ヶ月)」も終わりです。

毎週の値下げ作業はかなり時間を要しますが、最後の値下げは「売り切り価格」。

「ふざけた値段」が更にど〜んと。

「さらに半値(以下)」もあるかと思います。

開催できることに感謝しながら楽しみます。

信じられないことに今週末も天気は「晴れ(予報)」。

「神」ばやりの昨今にあえて「神ことば」を使わない自分も、このときばかりは「女神さま」の存在を意識せざるを得ませんでした。

 続く

秋の児童イベント こちらは「○○っ子 ふれあいフェスタ」 聞いたことがあるような NO.371

12月に入り、一日の気温は−2~6℃の「冷蔵庫生活」がやってきました(翌日朝はマイナス4℃)。

真っ先に頭に浮かぶのは、凍結と給湯器破損防止のために「給湯器のスイッチをいれっぱなしにする」ことと「浴槽の水張り」をすることです(★4月までの4ヶ月間)。

一度雪が降れば(舞えば)「タイヤ交換」も・・・(天気予報で雪マークが出たら、の方も多い?)。

ガソリンスタンドや修理工場、イエローハットが混む中、低所得者は毎度自分で。

以前の重いタイヤのトラック、ワゴン車、軽自動車から今は軽自動車のみになり、楽ちん楽ちん〜。

 

先月中旬。

この時期、市内の小学校で行われる「児童が企画したイベント」撮影に行ってきました(写真館さんからの依頼)。

6年生の卒業アルバム用に販売用が加わって、たくさん枚数を稼がねば(撮らねば)なりませぬ(販売で売り上げも・・・)。

隣県(岩手)の大船渡市のほうが近い住まいから市内の反対側の小学校へ、三陸自動車道を軽自動車で移動すれば本日も快晴。

すがすがしい青空と「開けた視界」は震災(津波)のたまものかもしれません。

国道45号線とJRのBRT駅(バス停・元の気仙沼線)が交差するあたりは元あった民家も人影もなく閑散として・・・(需要どれだけ?)。

護岸工事が終了した川沿いと並行してBRTの専用道路(元気仙沼線)が続く先に三陸自動車道が見えます。

津波が来たこのあたりに家は1軒もありません。

高台にある小学校。

体育館の壇上に張られた幕に「○○川鮭増殖組合」の古い文字が縦に並んでいて、かつて盛んだったサケ漁をしのぶことができます。

海岸沿いに目を向ければ、平地になにもない、構造物(橋と道路)だけの風景が広がり・・・・・。

「○○っ子 ふれあいフェスタ」は、先月下旬に訪れた市内の別の小学校の「あんばまつり」と趣向が同じイベントです。

こちらは「あんばまつり」が5.6年生が店を開きホストになり4年生までをもてなすのと違い、1年生を除く各学年が店を開き「交代でホストになり」楽しもうという企画。

「ふれあいフェスタ」に聞き覚えがありよくよく考えると県央の商工団地のイベント名でした(自治体名と同じで「同じか似たような名称」はあるものです)。

体育館での開会式(あとで閉会式)のあと、1階2階の教室でお店オープン!

名札を付けない6年生10人は理科室で「おばけやしき」。

5人ずつがホストになりスタンバイ(残り5人は他の教室へGO!)。

学年ごとにやってきた参加者は「真っ暗な中で光る3つの”うんち”を探す」のがミッションです。

がたがた・ごとごと・カンカラカン~。

音とおばけが追い回す中、”うんちさがし”は楽し・・・・・。

暗闇に時折カメラのフラッシュライトが光ります(ついでに空き缶をカンカラカ〜ン~とお手伝い・・・)。

出口付近で、見つけたうんちは誰に渡せばいいの〜?

6年生は大忙し=====。

 

他の教室ではあんばまつりと同じく「射的」が盛り上がりを見せていました。

こちらは割り箸を輪ゴムでとめたものではなく「注射器型」で、空気圧で球を飛ばして100点までの的を狙う企画は大成功!

先生も参加して・・・(うまい女子児童がいて、ひとは見かけによりません)。

「クリスマス飾りを作ろう」は松ぼっくりデコレーションやキャンバスに絵を描きデコレーションするもので、静かに集中するのもいい感じ・・・・・。

シャッターを押しながら「創作の虫」がうずき、思わず付き添いの先生に自分が児童の頃図工と体育と音楽だけ通信簿が「5」だった(あとは3)ことを話し、、、。

個性ある芸術作品”はそれぞれいい感じです。

先生が企画した「ガラポン」にも児童の列ができてなかなかの人気。

他に校内あちこちにある問題を解く「クイズラリー」、「(自作)キャラクターコンテスト」などなど。

 

えっ!?と思ったのは10分間の休憩をはさんだ前後半の「5分刻みのスケジュール」。

○時45分から●時20分まで、●時30分から○○時5分まで、という覚えずらい時間に「もう終わるの?(時間?)」と聞く児童が複数(設定した先生方ご苦労様です)。

「飾り作り」に集中するも、、、ハイ時間!(はたして集中力は育まれたのでしょうか?)。

 

窓の外の「とんがり帽子」と建物の曲線美にはデザイン抜群の校舎が垣間見れます。

こちらにも「統(廃)合」の話が聞こえてきます。

各学年ひとクラスずつで広々使い、それは敷地も校庭も・・・・・。

2時間の短く感じながらも楽しいひとときはあっという間に過ぎ、無事終了~。

運転席の(拭く暇のない、ゴースト効果ある)ガラス越しに紅葉時期の校庭を見て、

沿岸部で初めてお手伝いで「運動会」を撮影した学校をあとにしました。

昼ご飯はせっかくなのでまたまた「港」へ。

三陸自動車道大谷(おおや)海岸インターチェンジ近くのこちらの港にはUターン漁師さんがいて(ネットニュースで最近知った)、本日は見慣れぬ「サンマ船」が「小さな電球をつけたたくさんの長い棒」をつけて遠くに停泊中でした(写真中央)。

なんだかんだと防潮堤工事に難儀するうちに来春には「工期終了~(予算終了)」。

「防潮堤」はいまだその姿を見せず・・・・・(ですが大丈夫だとか)。

今年はこれで写真館さんからの”お呼び”は終了?のようです。

(9月からの)アルバイト代は師走に、、、、、(年内には頂きたいものですが果たして、、、)。

 

YH ユースホステル 昭和宿の今 市ヶ谷ユースホステル 東京都 No.370

昭和40・50年代、旅する若者の間に君臨した宿、「ユースホステル」。
一時期1泊2食付2000円台でしたが時代が変わり下火になり・・・。
当時利用した宿のその後をたどってみると・・・。

今から41年前、昭和56(1981)年の10月 

旅行ではなく所用で泊まる機会がありました

 

市ヶ谷ユースホステル(東京都千代田区五番町)廃業

中央線 市ヶ谷駅下車 徒歩圏 

(★56.10月5日・赤いスタンプがかすれて、どなたか、何が書いてあるのやら・・・)

住所の「五番町」はユースホステルでは珍しい「駅近」だったようです。

初めてと思いきや3年前(昭和53年)北の地在住時に訪れていたとは、、、忘れるものです(上京目的も、、、)。

3年後隣県在住での目的は「会社訪問にて。オークラ、ニューオータニ頭痛。」(ユースホステルスタンプ帳裏書き)。

事前に北の地で見に行った3か所の事業所では「専門卒は採用していない」とか「なんだおまえは?」と言われた中、親身になって採用の話をしていただいたところがありましたが、いかんせんビル上層部に客室数二桁の規模で将来性を案じ断念しました。

その後その事業所はほどなくして閉館。

だいぶたって駅前の「専門卒は・・」も閉館・解体。

それから高いビルの「外資系」ができ、地元資本の「なんだおまえは?」は今でも残っています。

ユースホステル宿泊翌日の会社訪問では、メインストリート(廊下)から扉の開いた大きな宴会場が丸見えで、係りの方が「自負しております」連発の事業所は遠慮して決着しました。

 

入社後出来のあまりよくない「元北の住人」は20代のうちに職場を去りましたが、ユースホステルを含む宿泊業界はその後だいぶ様変わりしたようです。

今や外資系の事業所が都市部やリゾート地に押し寄せ、元の職場も二つあった建物を解体、一つにして名前を「Tで始まるアルファベット化(漢字ひらがなカタカナ不使用★訪日客向けと思われます)」「高級路線」で泊まる機会は限りなくなさそうです。

 

ユースホステルは現在「東京セントラルユースホステル」という、「飯田橋駅隣接・セントラルプラザ(ビル)の18階19階」に宿があり、東京ドーム・千鳥ヶ淵・皇居が近く盛況なようですが、はたして利用する機会は?、、、限りなく、、、。

 

訪れた宿の数「66」のうち

廃業した数58
今も営業中8(うち休館中2)

YH ユースホステル 昭和宿の今 東京代々木ユースホステル 東京都 No.369

昭和40・50年代、旅する若者の間に君臨した宿、「ユースホステル」。
一時期1泊2食付2000円台でしたが時代が変わり下火になり・・・。
当時利用した宿のその後をたどってみると・・・。

今から41年前、昭和56(1981)年9月 

旅行ではなく所用で泊まる機会があり、今ではいい経験でした。

 

東京代々木ユースホステル(東京都)廃業

小田急小田原線 参宮橋駅 か 東京メトロ(当時は営団地下鉄)千代田線 代々木公園駅下車 徒歩15分 

代々木公園隣の「国立オリンピック記念青少年総合センター」内にある、東京都のユースホステルでした。

夏まだ続く9月。

隣県神奈川県平塚市から来て国家試験前日宿泊したようですが、試験は何だったのか?受かったのか?落ちたのか?(受かったのと落ちたのがあります)

今となっては・・・。

広いコンクリートの建物で、外人さんと一緒に何人かで長方形のお風呂に入り、喜ぶ外人さんの記憶が残っています。

記載によれば「代々木公園には行かない健全な子」が当時の公園へのイメージだったようで、いやはやなんとも・・・。

当時、平日は17〜22時、週末は10〜22時(パチンコ屋さん、休憩一時間)、時給500円でアルバイトする学生は、明治神宮や原宿、新宿渋谷に寄ることもなく「直帰」しました。

スタンプの五輪(オリンピック)は関連施設だったことを現しています。

なので敷地内に数ある建物群。

その一つを使用していたようですが、ユースホステルとしては諸般の都合により2012年で業務終了~。

現在は別の宿泊施設として使用されているようです。

 

訪れた宿の数「66」のうち

廃業した数58
今も営業中8(うち休館中2)

フリマへの道⑥ 風光明媚(めいび)な場所は のんびり ゆっくり まったり No.368

11月の毎週土日開催の小さなフリマ(フリーマーケット)。

相変わらずいい天気、いい陽気。

津波が及ぼない高台から、遠く岩手県陸前高田市の広田湾と半島がはっきり見えます。

さて二回目の週末はどうなるか?

ヤマザキショップの店内に、今回は手作りの方が入りある程度「形」は整いました。

店頭はこんな感じです。

複数のフリマ情報サイトに店と商品を登録したおかげで遠くから来た方が複数いて、その効果に少しだけ助けられたようです。

中には「ピンポイント」で店頭の商品を買っていかれる方も複数。

(売れないと毎週下がります★値段)

手作り品中心。

クリスマス関連の手作り品も。

手先が器用な達人たち、、、(とても真似できません)。

意外だったのは、地元の方々は「ほぼお釣りなし」で支払いを済ませたことです。

(用意した釣り銭が減らないで、片方のズボンが重くなる)

お会計が合計三桁(1000円以下)が中心でもこんなことは初めて、スムーズに進みとても助かりました。

時々お茶を飲みながら(フリードリンク)、のんびり、まったり、世間話など、、、。

ゆっくり、ゆっくり時は進んでいきます。

 

「サイトを見て来た」と言う遠くから来た方々は、たまたまの通りすがりではなく「なんらかの目的」を持って来ているので、「ネットで載っていた品物」買いの方は速攻で去り(さようなら〜)。

「フリマファン」はあれこれさがしグ〜ルグル、、、(80キロかけて県内の○○から来た方々は目が肥えて?)。

「値段を間違った」か「価値を知らずに安く付けた」商品はそうあるものではありません。

店頭の家具の違い(価格差)はなぜ?等(質問また質問)、4人で乗ってきたから二つは乗らないとキャンセル、車まで運んだ家具を戻したり、一万円札で9000何百円のお釣りとか、、、、、(★フリマで当り前と思うか思わないかは人それぞれです)。

(ネットを見て60キロかけて県内の○○から来た方々)

県央で30年やってきたリサイクルショップ(中古屋)での出来事を思い出した瞬間でした。

同じ店頭家具でも隣県の方はスムーズでした、、、(大中小のリサイクルショップが今でも残る土地です)。

ふと気がつくと、店の奥の床に東日本大震災でできた大きなひび割れが、、、。

そしてそれは壁にも。

(この高台の店とは関係ありませんが)震災後隣県で不用品の引取作業をした際、隣の家の津波が来なかった住人から聞いた話「津波をかぶった人から、津波が来なければ被災者ではない、と言われたんだよ〜」

を思い出しました。

自分の元の家(半壊)も実家(半壊)も作業場(半壊)も、こちらの店(半壊?)も程度の差こそあれ「被害」を受けています。

そして、その「傷」直す前に個人商店は「(営業)終了〜」(同じくこちら、中古屋個人店も)。

フリマは明日も続きます。