140キロ離れた県央に住む親の通院付き添いで待機する、昨年城趾下にできた公園駐車場。
本日、広い敷地にすっかすかの4台、で30分100円になったことを知るへき地県境民です。
地元民は側道の行き止りを奥まで行ってUターン、狭い道沿いにズラ〜と20台、、、元に戻ってしまいました。
今から38年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。
「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。
8月18日(月)
北欧デンマーク滞在6日目。
フランス⇒スイス⇒オーストリアから北上、ドイツから北欧デンマークへ。
(地図や小文字の文はグーグルマップ/Copilotより)
”荒廃感”が漂う首都コペンハーゲンから隣国スウェーデンへ渡るルートを島の北部からにして港町ヘルシンゲル(地図・スウェーデン/ヘルシングボリ/Helsingborgの”i”あたり)のユースホステルで一泊。
8月中旬、デンマーク滞在中はほとんど”曇りか雨”だったせいもあり、
(便せんメモより)「(ここまで)北欧に夏はない コート姿が目立つだけ」
今朝もまた肌寒い一日の始まりでした。
ヘルシングエーア、またはヘルシンオアと表記されることもあるらしいこの街(ヘルシンゲル/Helsingor)は”Hels”が”首”を意味し、街の名前=”狭い海峡”だそう。
日本にも結構な数の”狭い海峡”がありそうですが・・・。
(左手・これまた大きくて立派なヘルシンゲル駅 行き止まり駅でこの先フェリーターミナルに続く)
(一番の見どころ 海に面したクロンボー城 シェークスピアの「ハムレット」でモデルとなった城 入場料125クローネ・3125円/公式 も旅行サイトで買えば2800円台~)
通貨単位はデンマーククローネ(Dkr)で1クローネ=約25円(*現在もクローネ)
国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円
35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)
隣国スウェーデンの方がさらに物価が上がるので、街中のスーパーで少々食料を調達しました。
・プラム(小もも)10個 7.9クローネ・198円(*ドイツで130円・オーストリアで100円だったもの)
・飲むヨーグルト500ml 5クローネ・125円
・白いパン300g(個体差があり重量で値段が決まる/単価は同じ)2.5クローネ・63円
お会計は15.4クローネでしたが、小銭を全部合わせても15.25クローネしかなく、足りない!!
ところが、レジのお姉さまは「OK!」
4円近くを”まけて”もらいました。
かつての小売店勤務経験者(自分)は、その後脱サラで営んだ自営業なら容易だった「値引き」もスーパーではどう処理したのだろう?と思うばかり、、。
(現在、街には小規模ながらもショッピングモール↑↑があるようです)
対岸のスウェーデン/ヘルシングボリへ渡るフェリーは大勢の乗客を乗せ、ゆっくりと出航しました。
(フェリーから遠くにヘルシンゲル駅を望む)
短い所用時間20分の間に船内で急いで買い物をするわけは、そこに”免税店”があるからでした。
・たばこ(キャメル・マルボロ)一箱 12.55クローネ・315円
・たばこ(地元の)一箱 12.2クローネ・305円
いずれも通常500円以上のもの(*日本では220円のころ)。
対岸のスウェーデン/ヘルシングボリに着いて、今度は目と鼻の先のデンマーク側を見ることは、わかっていても慣れない経験でした。
## スウェーデン 一口メモ ##
・国旗は青地に金色(又は黄色)のスカンジナビア十字で青は澄んだ空、金はキリスト教・自由・独立を現しています
・人口は1986年当時約800万人 現在1045万人
・首都はイタリア・ベネチアを並び称される「水の都ストックホルム」
・公用語はスウェーデン語ですが英語も通じ、第2外国語も学ぶようです
・高度福祉国家で成熟した民主主義のいい所を見習いたい(!?)
・報道の自由でも高評価を受けています
・このところの移民を受け入れたことによる問題は学ぶところあり(?)
(メモより)「再び”両替の陣”」
街中の両替所や銀行で少しでもレート(率)のいい場所を探し・・・。
そこから手数料25クローナを引いて735.4クローナに・・・。
「地球の歩き方(*当時人気の旅行ガイド)」には手数料は8クローナと書いてありましたが・・・・・(*なので別名「地球のだまし方」とも・・・)。
結局、1クローナ=27.5円でしたが、もし円を両替していれば23円台、15%ほどお得でした。
当時の円高パワーおそるべし・・・。
つづく