三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

昭和の東西ヨーロッパ行 21 西ドイツ国境の町から ちょこっと隣国 オランダ ○○映え? デルフト 欧州 No.512

昨日は”高齢者の行方不明”、今日は”市役所職員を名乗る者から還付金に関する不審電話がありました”(警察署)とすぐに防災無線が伝えてくれる、へき地県境です。

このところ急に涼しくなり、夜に夜中に朝方に遠くでシカちゃんが鳴き、さてはどこぞのワナにかかったか?と無知なりに頭巡らす、へき地県境民です。

 

今から37年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

4月21日(月)

西ドイツ西部、国境の町の友人宅に荷物を置いて、1週間の隣国オランダ訪問5日目。

まだまだ寒い4月。

(便せんメモより)「ロッテルダムユースホステルで、夜中に一枚しかない毛布を落下させた(=2段ベット)ため、風邪小僧になる」

幸い本人は落下せずに済みましたが、ベットにがなかったりするので”落下の可能性”はアリです。

午前、日本人のホステラーさんと街歩きしても、店が開くのは13時の月曜日。

つまり、「土日月曜半ドン(半日休み)」で、”週末の食料確保”がとても重要でした。

 

アムステルダムへ向かうホステラーさんと途中のハーグ(地図↓↓)まで行けば、

(メモより)「すごい街だった」(何がすごかったのか・・)

アムステルダムロッテルダムにつぐ第三の都市ハーグDEN HAAG)は事実上のオランダの首都で、議会や首相官邸日本大使館があります。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipO2c1Vwr4HWrFD80z6yWB2S-m4j1oc0FCHhhBGv=w432-h240-k-no

(ハーグ グーグルマップより)

 

(メモより)「2両のトラム(市電)が走り、古い建物・教会・騎馬像が多い」

遠くに見えた10何階かのオランダ国鉄マークの建物(ハーグ中央駅)は10何番線もある行き止まりの大きな駅。

(メモより)「行き止まりの線路が建物に突っ込む」

同じハーグでも”ハーグ○○駅”が複数存在するのは他所でもよくあることです。

各種博物館・美術館から王立劇場/厩舎、中には”監獄博物館”などというものもあり、時間をかけて回りたいと思えるのも今だからかもしれません。

 

ハーグ南方、ロッテルダムへの帰路に立ち寄った、小さな町Delftデルフト(地図↑↑)。

工科大学もある古都は、(メモより)「3重花丸の町。運河、教会、”古館”一郎二郎三郎・・・と果てしなき数えっこの街並み」

「1枚25セント(0.25Fr=20円)の絵はがき」(他所は~45円)

通貨単位はFr/オランダギルダー(#ユーロ加盟国は現在ユーロ€)で1Fr=約78円

国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)。

 

(デルフト グーグルマップより)

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipPyBxny4uXD3qs0CQxlSkpSdZZ4GqzlyMrsu8n4=w408-h408-k-no

 

夕刻、ロッテルダムまで戻れば今日も冷たい雨。

加えて雷もやってきて、気づけば店はシャッター降ろさず閉店~の18時半。

月曜は13時に開けて18時半に閉める(店)”。

昼間見たデパートの”鳥の骨肉・ハム・サラダ”はまぼろしか・・・。

(メモより)「昼に買ったパンで夜露をしのぐ、ひもじい夜」

週末は全日ダメで、平日も”営業時間”の確認と食料の確保は”一大事”でした。

 

 つづく