(三陸沿岸部 リアス式海岸 9月中旬は北もまだ残暑/夏雲でした)
9月10日(日)、日中の気温33度の中、「県境を越える次の列車は6時間後」、で殺到した越境客であふれかえったディーゼルカー1両(JRのワンマンカー)。
おまけにエアコン故障?で”送風のみ”が終点まで90分、みんな汗かきかき・・・。
たまのローカル線あるあるを実感した、へき地県境民です。
今から37年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。
「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。
4月30日(水)
西ドイツの友人宅を出、ベルギーからドーバー海峡を渡りイギリス滞在5日目。
ロンドンの大規模ユースホステルは”毎日宿泊予約が必要”で、朝7時から行列に並び4泊目もクリア・・・(ふ~)。
朝会った「サウジアラビアで出稼ぎ看護婦(*今は看護師)」をしていた韓国人の方とこの日は一緒に街歩き。
大英博物館からほど近い、「マダムタッソーのろう人形館」(↓↓)は節約バックパッカー一人旅ならまず行かない場所です。
(マダムタッソー館 有名な人物や歴史上の人物をテーマに、等身大の蝋人形を展示している博物館
世界各地に分館がある グーグルマップより)
(便せんメモより)「ヨーロッパ人中心のろう人形が本物のようですごかったが、人もすごかった 人間をさわったり(*意味不明)、おばさんは大の字で寝ていて人形をしている、 ”ホラー”は死刑道具と実在した囚人など、現実味があった」
入場料3.7ポンド(=1040円)でもう3時間・・(*今は公式サイトで6038円・・・)。
通貨単位は£/イギリスポンド(#ユーロ加盟国後離脱/現在はポンド)で1£=約270円
国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円 。
35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)。
午後は地下鉄で「ロンドン塔(ロンドンタワー)」地図右下↓↓タワーブリッジ付近へ。
(赤丸に青線の地下鉄駅がいっぱい・赤の二重線はイギリス国鉄)
(ロンドン塔 何百年もの血にまみれた歴史を刻む中世の城塞
至宝が保管され、有名な英王室護衛兵がいる グーグルマップより)
昔刑務所だった建物内は”○○館”が多くあり、なんと!日本からの略奪品(鎧/よろい・刀)まで・・・。
こちらも人の山で、フランス人と団体さん(子供の)がたくさん。
(メモより)「まばゆいばかりの本物の王冠などの宝石や金は地下深く入口はぶ厚い扉」
4ポンド(=1080円)払ったかいがありました。
その4ポンド(入場料)は今や公式サイトで6151円、旅行会社のサイトで4909円から。
当時、2か所合計2120円で見られたものが、今は最安で10947円から・・・その差なんと5.16倍/8000円以上追加で払わないと見れないとは、インフレに加え”円安無情”を感じます。
この日の昼食(買い食い)はフランスパンサンド1.3ポンド(=350円)とサイダー0.35ポンド(=95円)と”加工賃(人件費)”の高さを意識することに・・。
夕食(*ユースホステルでの自炊)は、スパゲッティ0.41ポンド(=111円)とミートソース0.36ポンド(=98円)、合計210円でおしまいです。
道の途中で会った日本人に「ユースホステルにいる」と言うと、「あ~1000円くらいで泊まれるところね~」と言われましたが、かく言うその方も「B&B(ベッドアンドブレックファースト)・1泊朝食付で2000~3000円のところ」らしくあまり大差ない気もしましたが、今で言う”マウント”だったのでしょうか・・・(鈍いバックパッカーでした)。
つづく