三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

昭和の東西ヨーロッパ行 25 西ドイツ国境の町から ベルギー経由 イギリスへ ドーバー海峡 イングランド 欧州 No.516

30年の中古屋生活の売れ残りを整理する中発見したのは「第一勧銀のフェイスタオル(未使用)」。

その”古いやつ”は今や旅館や年始回りやノベルティー(景品や粗品)では少なくなった「国産、綿100%」です。

圏央に勤めていた若輩者が千代田区内幸町の大きな第一勧銀本社ビル前を歩きながら「これが宝くじを取り扱う銀行か」と思ったのは、昭和のとある週末。

歌手の小椋佳さんが在席し、1971年に第一銀行と勧業銀行が合併し誕生した銀行も、2002年にみずほ銀行(みずほファイナンシャルグループ)に統合されました。

 

今から37年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

4月25日(金)

3週間滞在した、西ドイツ西部、国境の町の友人アヒム宅からイギリスへ(初日)。

家主アヒムも同行し、彼は国境の街アーヘン(地図右マーストリヒト右隣)から一足先にパリへ旅立ちました(パリ経由で長期出張先のアメリカまで)。

「フランスの女の子と話しをするのが楽しみ~(仏語が堪能)」な彼でした。

一方こちらはベルギーの首都ブリュッセル経由で港町オーステンド/オーストエンデ(地図左)まで東から西へ。

ベルギーに入るとフランス語です。

(便せんメモ)「コンパートメント(個室)6人掛けは居心地がいい」

(絵葉書 ブリュッセル市庁舎)

「(西ドイツ滞在中、1週間の旅で訪れた)一度見た街が車窓に現れては消える」

(絵葉書 GENT/ヘント城 地図上↑)

3時間かけて港町オーステンドに着けば、沿岸部は久しぶりの青空でした。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipOsNZSRjHpHvPWh2BY-_MaMyj3DpYu_2P-3L3ST=w408-h306-k-no

(近代的になったオーステンド/オーストエンデ グーグルマップより)

 

(メモより)「オーステンドから2・3割の乗客を乗せたドーバー行フェリーは3階建て”ゆったりイスでオール1等”のようで立派・雑魚寝スペースはない」

「免税店で幸運にもベルギーフランが使える」

免税店との値段の違いは歴然です。

巻きたばこDRUM(オランダ製)は西ドイツで4.5DM  ドイツマルク=360円が船では

5箱201BF ベルギーフラン=800円(1箱160円)でした。

オーステンドドーバー

  

(絵葉書/1909年ドーバー海峡初横断)

4時間半の船旅も3時間半(13:45⇒17:15・時差1時間)で無事ドーバー着。

ドーバー北アイルランドウェールズスコットランドの手前、イングランドの入り口です。

ところが、イミグレーション(出入国管理)が思いのほか厳しく、

(係官)「お金はいくら持ってる?アドレス帳は?航空券は?会社は?」

大きなリュックをかついだ、いかにも貧乏そうなバックパッカーに”労働”されたらたまらん!のでしょうが、”体験”したくともこちらにそのような時間はないのです。

それでも、「現金とトラベラーズチェック100万円以上」の申告もあって、5分で終了。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNdAQV8CMQeCALmKyll2UL-2oMW1TJ7N6b5HJmZ=w408-h306-k-no

ドーバー グーグルマップより)

このあとロンドン着19時を回避し、ドーバーユースホステル(幸運にもありました!)へ

(メモより)「1両に(片扉の)ドアが7,8枚はある昔のディーゼルカー(イギリスではよくある)」で港から一駅。

「歩けば町は”英語”だけれど、ちっともわからない。アナウンサー英語とは180度違う」

ここで初めて「アメリカ英語とイギリス英語の違い」を体験したのです。

 

(メモより)「大きな(日本のような)スーパーを発見!店内を歩くに、実に違和感がない(*買えそうなモノがたくさんある)」

あとは”自炊ができる宿”がそろえばビンゴでしたが、ユースホステルは素泊り5.15ポンド=1390円で自炊設備は・・・ありました!

通貨単位は£/イギリスポンド(#ユーロ加盟国後離脱/現在はポンド)で1£=約270円

国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)。

ドーバーユースホステルの宿泊スタンプ      /国境を越え、恩しゅうを越え握手)

 

やっとの”自炊夕食”は(メモより)「トマト・じゃがいも・キャベツ・豚肉」

(*煮物か炒め物か・・・)

「塩がないのでちょうど置いてあったしょうゆをもらったら煮詰まっていた・・」

(*自炊する方は各種調味料は必携でした)

「早く自炊で栄養を取って太りたい」(*重いリュックでの移動です)

 

ヨーロッパ大陸から海を渡り島国に来れば、朝食はコンチネンタルブレックファースト(パンと飲み物等)からイングリッシュブレックファースト(ハム・ソーセージ・卵等と飲み物)に変わるだろうという期待がありました。

味はさておき・・・・・。

 

(メモより)「それにしても、現地の方の英語は早口でさっぱりわからず」

(*まだ聞き慣れた”米語”のほうがましなわけです)

「ぐっすり寝たい」

加えて”大部屋にいくつも二段ベッドを置いた”ユースホステルの環境(騒音)に慣れることも重要でした。

 

 つづく