三陸 海 旅 つれづれなるまま

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40年ぶりの「18きっぷ」で さて 青春18きっぷ 4終 手書き地図 盛岡 JR 岩手 No.494-A 

(8/6日曜日 山形県鶴岡市/閑散とするは城跡 セミの大合唱 にぎわうは城内の神社と駐車場)

 

7月。

地元の未完乗の路線を乗ろうと思い、地元の駅で購入した40年ぶり/JR「青春18きっぷ」。

10代からの長年の願いが、廃線第三セクター化(乗れないか通過のみ)で”線路ずたずたになって一部やっと実現”しました。

(大まかに言うと)春夏冬の時期発売/JRの普通(快速)列車に1日乗り放題、5回(人)分12050円、一日あたり2410円の切符です。

 

7月下旬。

岩手県の県庁所在地盛岡市から普通電車で西へ約20分の町、雫石(しずくいし)へ。

有名どころは北にある岩手山ろくのスキー場や温泉、小岩井農場など。

年配の方で思い出す方もいらっしゃるかもしれませんが、1971(昭和46)年、千歳(北海道)発羽田行き全日空機が自衛隊機と衝突し、乗員乗客162人全員が亡くなる痛ましい事故があった町でもあります(現場は山の中)。

帰りの電車まで55分の待ち時間を活かし、街歩きは”業務スーパー”まで(今住むへき地県境から最短の”業スー”までは約23㎞、おいそれとは行けない生活なため)。

標高表示のないグーグルマップを頼れば、坂を登り降りしたり、平地の距離より時間がかかるのはお約束事です。

こんなところに業スーが、というような街裏その先田園地帯。

それでも車社会なら・・・OK。

面積が広い岩手県で”町の業スー”は3か所目(いずれもフランチャイズ)ですが、広い店内は空き空きでやっていけるのかなぁ・・(おそらく大丈夫?)。

 

涼しい曇り空の沿岸部釜石市と対照的なかんかん照り30度越えの内陸部。

涼しい~!からじりじりあちち!へ。

道ばたに見つけた”手書きの地図”は、看板屋さんに”3000円とか5000円”でやりませんかと県央の店で言われた、遠い昔を思い出させます(何回か御断りしました)。

通りに並ぶ店の数々・・・今はどうなっているのでしょう?(下の写真)

気にはなりましたが、歴史を感じさせる一本道の町並みを右手に見ても、もはや歩く時間は残っていませんでした。

ちょうど町議会議員選挙のポスターが並び拝見すれば、(意外と多いと感じてしまう)人口15000人台/定数16人のうち女性候補者は2名。

男女平等の観点から言えば、58000人台/定数26人で候補/当選女性一人が続く沿岸部よりはましなのでしょうか??

 

駅に戻れば、そこにいたのはタクシー2台。

やがて宅配便のトラックが来て、やっと一般車両が1台。

停められるか?などの心配は年中ご無用!

駅構内の店は1階も2階も休業中(改装中)でこちらも閑散中・・・、対照的に複数人の職員の姿にまばゆさを感じたのは「一般社団法人しずくいし観光協会」ですか・・・。

 

盛岡行きの2両編成のワンマンカーは、「終点を除き、1番前のドアしか開きません」のアナウンス(仕方がないかもしれませんが、日本語がわからない旅行客は理解できず降りる際に”開かない!”とあわてそう)。

往復の間、3本の秋田新幹線の通過をホームで待てば(単線)、”高架上ではない地上の新幹線”はゆっくり通り抜けても長さがあって迫力満点です。

 

2019年で人口292000人台の県都盛岡市

駅前を4.5分歩けば北上川がゆるやかに流れる街です(たまに映像に出てくる開運橋/下の写真)。

(写ってはいませんが)この時間夕方は人や車が数多く通り、駅ビルや駅周辺と共ににぎやかな街を形成しています。

思いのほか一部渋滞もあったりしますが、長続きしない(信号で流れる)と感じです。

 

天気が良ければ遠くに岩手山が見えるようですが本日はあいにく・・・(夕方の照り返しが・・)。

盛岡駅から北上する第三セクターIGRいわて銀河鉄道(旧東北本線)」の改札口は駅中央より遠く、思いのほか隅に追いやられても利用する人々で混雑している・・。

青春18きっぷは別料金です。

終点八戸(青森県)まで1時間47分で3110円、対して東北新幹線は31分4020円・・ゆえに圏央からの18きっぷ旅行者は新幹線を選択・・・(一例)。

 

立ち客までほぼスマホ片手の通勤客で占める、県南一ノ関行き/4両編成の電車。

にらめっこが疲れたら目を閉じて・・居眠り。

南部鉄器の里、水沢駅構内に吊るされた100個以上の風鈴がリ~ンリ~ン。

終点で起きない乗客(女性)に声をかけても起きず、車掌さんもいない。

幸いしばらくして作業員さんが来て・・似たようなことがこの日2回ありました。

このことを友人に話すと「こんなご時世、相手に何を言われるかわからない。もし、ちかん!!この人ちかんです!!!なんて騒がれたらどうするの?」と言われてしまいました。

昭和なら”男女かまわず肩をゆすって起こしてあげる”こともあったかもしれませんが、当然今は無理。

言われてみれば確かに、”距離を取って声掛けしただけでも、相手の悪意や勘違いで加害者にはなりうる”と思うしかありませんでした。

 

東北本線とは対照的に一関発19時台の大船渡線ローカル線ディーゼルカー2両は高校生がいっぱい(彼らの朝の列車は6時台~7時台と早い)。

いったいいつ夕ご飯を食べるのでしょう・・・。

並走する道路もほとんどない、あたり一面暗闇の中、到着したホームも周辺も暗い駅が続き、乗客は少しずつばらけていきます。

時折、迎えの車のライトがひとつ、またひとつ。

結局、終点で降りたのは5人(通しは3人)・・・。

 

乗り継ぎ、最終大船渡行きBRTバス(すべて大型)の乗客は途中で一人を追加して計4人、「廃線論議が続くローカル線」はまあそんなものです。

♪”線路は”続く〜よ〜 ど〜こま〜で〜も〜〜♪ の中期昭和時代はとうに終わりを告げ。

今歌うとすれば、”線路”に代わり”道路”、JRさんの気持ちなら”赤字(ローカル線)”でしょうか・・。

 

翌日はうって変わって快晴、空いっぱいに青が広がり・・・。

前日朝の予報になかった梅雨明けとなりました。

 

 終