(北の公園 10月中旬・紅葉初め 秋雨の中しっとり濡れて・・・)
11月27日(月)昼頃、防災無線が告げた熊の到来が市街地の国道45号線沿いの橋付近なことに身近な熊の存在を意識する、へき地県境民です。
山から震災後できた川の堤防(コンクリート製)沿いに来たか?
今から37年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。
「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。
5月16日(金)
西ドイツの友人宅を出、ベルギーからドーバー海峡を渡りイギリス滞在21日目。
スコットランド北東の港町アバディーンからさらに北方、インヴァネスへ。
5月中旬、5時半に目覚めればすでに明るく、今いるところが北国なことを感じます。
南欧が札幌と同じ緯度でも温暖なのは偏西風のためとかなんとか習ったことを思い出しました。
8時半、6人の乗客を乗せたバス(1階建て)はハイランド地方の中心都市インヴァネス(地図↑↑)を目指します。
今までの海沿いから山沿いを走るせいか(便せんメモより)「天気は良くてもパラパラ雨が降る」
「左ワイパーがつっかえながら動き、つっかえる時は右にはみ出せど、右はうまくはみ出しに当たらないように動く・その器用さ」(*使えればいいのかも?)
やがて丘を越えてハイランド領内へ。
いくつものウィスキーの蒸留所が川沿いにある、スぺイ川を通り越しましたが、今ならきっと寄っていそう・・・(スコッチウィスキーの里)。
(グレンフィディック蒸留所 歴史あるビクトリア朝時代の蒸留所。見学ツアーでマッシュタンクから蒸留室、試飲室までを見て回れる グーグルマップより)
いつの間にか、ローカルバスも黄色のNORTHAN SCOTTICH/ノーザンスコティッシュから赤のハイランドへ変わっていました。
(ハイランド 途中の街 エルギン 地図↑↑ この手の大聖堂が行く先々の街町に・・・ グーグルマップより)
3時間かけて到着したインヴァネスは、
(インヴァネス 文と共にグーグルマップより)
狭い路地に観光客が行き来する街。
北方のそれほど高くない山に雪が見える街でも昼は暖かさを感じ、移動は楽々・・。
このネス川をさかのぼった先にあるのがネッシーで有名なネス湖かと思うと、少なからず興奮を覚えざるを得ませんでした。
お昼過ぎからうろついて、14時半にユースホステルに入れば、さすが観光都市、こちらにも泊り客がいるいる・・・。
それなのに”閑散期ダイヤ”とかで明日の目的地へ向かうバスは、なんと11時40分発1本のみ!!
なので、ヒッチハイクに挑戦することになりそうだ、と覚悟を決めました。
目的地の島も、スコットランド南部MULL/マル島からより近いSKEY/スカイ島へ変更です。
(メモより)「夕食に飯を炊けば硬く、パプリカを入れた野菜炒めは味に失敗、いわしの缶詰はなんとうろこ付きで生臭い!!(味付けなしの油漬け)」
”きめ細かい日本の商品”にありがたみを感じるバックパッカーは、こうしてこの先の地元缶詰の利用に知識をつけました。
ついに、これまたもらった永谷園のお茶漬けの登場で一件落着~。
(メモより)「まわりの人たち(欧米人)の決して豊かではない食事よ」
「”豆のトマトケチャップソース”とか”ソーセージのみ”とかで"肉"がない!」
「大柄な方たちがそれらにアメリカンブレッド(かなり小さい食パン)2・3・4枚を足して食べている」
せっかくなのでと一瞬ウィスキーが頭をかすめたようですが、イギリスに来てからというもの、スーパーへ行ってもアルコール売り場には寄らない習慣がついました(アルコールが割高?訳は今となっては・・)。
なんとももったいないことをした、と思えるのも今だからかもしれません。
(右上 インヴァネスユースホステル 宿泊スタンプ/金沢で宿泊した際もらったスタンプ補充カードに)
つづく