三陸の海 旅 つれづれなるまま

北の暮しと旅の話しを少し

YH ユースホステル 昭和宿の今 北海道 浜頓別 札幌・中の島 No.220

昭和40・50年代、旅する若者の間に君臨した宿、「ユースホステル」。
1泊2食付2000円台まで(一時期)でしたが時代が変わり下火になり・・・。
当時利用した宿のその後をたどってみると・・・。

昭和54(1979)年3月 春休み 北海道周遊券20日間有効)を利用

当時、周遊券は「普通・急行列車自由席乗り放題」でした。

 

浜頓別・はまとんべつユースホステル(北海道・枝幸郡浜頓別町
天北線 浜頓別駅下車(1989年・平成元年廃止)

当時は稚内行き2路線のうち、音威子府・おといねっぷ駅から右回りの天北線がありました。

4月はじめ、一面雪に覆われた道を音威子府駅から浜頓別方面へ向けて歩いていると、親切な1台の乗用車が停まり乗ることができました。

峠から見た、一面流氷に覆われたオホーツクの海の広さに驚き・・・。

 

スタンプの「カニ」は当時たくさん採れていたのかもしれません。

「クッチャロ湖畔」にあった宿から帆かけ船で氷の湖を走ることはしませんでした。

建物は2007年に解体されたようです。

天北線が亡くなってしまえば、車やバイク以外の”足”なき旅人を呼ぶことはかなり困難だったのかもしれません。

 

中の島ユースホステル(北海道・札幌市)
函館本線 札幌駅下車(乗降人数196,244人/日・2018年)

 

中の島公園近く。

大都市は複数ユースホステルがあり、選べるのがとても便利でした。

市電や地下鉄・地下街のある大きな街をあちこち歩いて・・・。

4月上旬、大通り公園の崩れた雪の塊に”雪まつり”を想い・・・・・。

札幌駅前のラーメン屋さんで初めて振った”ギャバン”の大きなコショウの缶。

”すすきの”の「ラーメン横丁」で食べたみそらーめんは当時すでに800円で、半額のところもあった時代。

貧乏学生の旅人には思い切った額でしたが、あの”うまさ"いまだ忘れず。

 

訪れた宿の数27
そのうち今も営業中3