三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

昭和の東西ヨーロッパ行 89 谷を登り 谷を落ちる スイス 欧州 No.580

        

(隣県 岩手県陸前高田市・かつての名勝高田の松原 震災後植えた松林広がる 

現在 巨体防潮堤は格好のウォーキングロードに)

 

1月、病院嫌いが2年半前からの体調不良再発で半島の開業医へ行けば、”初診・各種検査あり”でも1時間強で薬までもらえて、その速さに驚くへき地県境民です。

速いということは・・・。

 

今から38年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。 

 

6月27日(金)

フランスから越境しスイス滞在8日目

この日は谷を東に進み、ますます標高が高さを増していきました。

(地図と写真はグーグルマップより)

 

9時、中央部、標高約2000mのユースホステル(地図↓↓下”19”の上あたり)から下りゴンドラリフトに乗り7,8分、1000m降下の迫力はすごくあっという間でした。

ゴンドラリフト駅から坂を下った先のメインストリートを挟みスイス国鉄駅まで今度は坂を登る。

そこは狭い谷間の村です。

この時、坂を下る途中の古い宿に33年後泊まることになるとはつゆ知らず・・・。

 

 

フィエッシュ(地図↑↑・”19”あたり9時58分発の普通列車で東を目指せば、再び山登りでした。

少しずつ高度が上がり、やがて緑一色の世界に・・・。

車窓に写る名前も知らない赤・黄・紫の花は果たして高山植物だったのか?

 

フィエッシュからアンダーマットまでの車窓/写真はこちら↓↓)

koppasan.hatenablog.com

 

オヴァーバルト(地図↑↑・アンダーマットの左)という長いトンネル手前の駅で下車し山越え(フルカ道路)のバスに乗ろうとしたら”明日から毎日運行だけど今日はない”。

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipN2P-lVOvKv3SI29cpHDIbQyN9Ce5GvoNKsOh_d=w408-h306-k-no

オヴァーバルト

 

急きょ湖沿いの街ルツェルン(地図↑↑・上)まで鉄道で行くことになりました(1720円)。

進路変更はあれど、現在は便利なことにグーグルマップで少しだけフルカ道路を眺めることができました(↓↓)

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipOD-jxbKRQmcMMtAUQ9HznpTgblIdeHGPZJnT8J=w408-h305-k-no

(鉄道が通る谷から山越えのフルカ道路

 

次の急行でトンネル入りすれば、シンプロントンネルにも劣らない長いトンネルをどう進んだのか、抜けた先の乗換駅アンデルマットアンダーマット・地図↑↑右)は標高1447m、”緑の山”でした。

 

町の様子を少しだけ下記ブログに乗せています。

koppasan.hatenablog.com

 

お昼時の町は店じまい

COOPで買ったバナナ2本(110円)、リンゴジュース1L130円、コッペパンの幅を広くしたような中は茶色のライ麦パン500g・170円で昼食を・・。

 

通貨単位はスイスフランで1フラン=約92.5~100円

国税庁発表の統計によると、1986年(昭和61年)の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇(約13%低い↑)

 

食後、インフォメーション(案内所)で地図をもらいユースホステルのある隣駅(ホスペンタル)まで川に沿って歩いてみました(*戻るかたち)。

湿度は50%ほどでそれほど汗はかかないのですが、なにせ自炊旅は”食料の入ったリュックが重い”のです。

加えて、”台所のあるユースホステル”で調理できなければ食料はなかなか減りません。

これがなかなか・・・・(ない)。

 

30分ほどで到着した村も標高1452mで周りはすべて山・

中腹に放牧された牛が鳴らすカウベルの音はのどかそのもので、そんな中”兵舎と車両と軍服姿の方々”を見かければ、”徴兵制度”のある国なことを意識させられもしましたが、それでもいたってのどかな場所でした。

 

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipMFUM-MNQuKctWJO9gUvedEL01vJERPsPj0aUXx=w435-h240-k-no

(ホスペンタル)

 

なにげに見た今もあるユースホステルは比較サイトで14000円台から・・・あのユースホステルが(ほんとかな?)・・・信じられません・・・。

 

やがて来たゲシェネン(地図↑↑・アンデルマットの上)行に乗れば、一度通ったアンデルマット(アンダーマット)から北に向かい、今度は急な山下りが始まりました。

区間4kmで346m、1000mあたり86.5m下るのはかなり急で”落ちていく”イメージです。

車道がくねくねとしているのに対し、チョコレートでおなじみのロイス川沿いを限りなく垂直走行する鉄道。

その為線路は”ギザギザのあるアプト式鉄道”で、列車はつんのめりながらゆっくりと谷を下る感じでした。

 

https://lh5.googleusercontent.com/p/AF1QipNZImZfymsbZwpJwtC76HmEkRbTXmoG8HNlJLXi=w408-h544-k-no

 

下記ブログアンデルマットの町とこの区間のことが書いてあります。

koppasan.hatenablog.com

 

1101mの終点ゲシェネンはこれまた谷間にあり、周りは高山だらけ。

小さな村まである?COOPでこの大きさしかないフレンチドレッシング(700ml・2,7スイスフラン・260円)を買い、徒歩3分のユースホステルへ。

幸い泊り客は10人ほどでしたが、この小さな村も観光客のにぎわい。

 

(便せんメモより)「本当に、どの町も村も観光客でにぎわっている」

唯一無二の景色がこの国を観光大国(観光立国)に仕立て上げたことを実感するバックパッカーでした。

(メモより)「金曜日は週末を過ごす国民の移動日にあたり、車やバイクの多いこと」

 

 つづく

 

ゲシェネン ユースホステル 宿泊スタンプ)