三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

YH ユースホステル 昭和宿の今 遠刈田温泉 宮城 No.225

昭和40・50年代、旅する若者の間に君臨した宿、「ユースホステル」。
1泊2食付2000円台まで(一時期)でしたが時代が変わり下火になり・・・。
当時利用した宿のその後をたどってみると・・・。

 

昭和54(1979)年 

ユースホステルなかのや旅館(宮城・刈田郡蔵王町

東北本線白石駅下車、バス50分

 

 

宮城蔵王のふもと「遠刈田温泉」中心部にあり旅館と兼営していました。

スタンプの「こけし」は「遠刈田系」のある場所で、「みやぎ蔵王こけし館」でたくさんのこけしを見ることができます。

 

当時は何の用事で言ったのやら・・・ちょうど親に原付バイクを買ってもらった時期でした。

当時も今もアクセスは車のみ。

温泉街は最寄りの東北自動車道白石&村田インターチェンジから20分の立地。

規模の大きい山形蔵王と違い、今では静かな場所となっています

閉館・建物解体後、跡地は「蔵王町営神の湯駐車場(無料)」となっているようです。

現在、公衆浴場「神の湯」は「壽・ことぶきの湯」と共に営業中(4月に値上げで大人400円・こども150円)です。

 

訪れた宿の数28
そのうち今も営業中3

県境ウォーキング 2 コンクリートはお好き? No.224

1月末に引越して以来、やっと2度目のウォーキング。
山から川(沿い)を下り国道45線の橋までやってきました。
山側を見れば、遠くに小さく三陸自動車道の青い橋、高台に再建された家々が見えます。 
途中、ウォーキングの”お兄さん”に会えば、やはり”(津波で家が)流され”高台に家を再建した方でした。

震災12年目の護岸工事、進行中です。

元の国道45号線の上に、高く新しい橋ができました。
左は神社。
国道を北にしばらく歩けば県境。

国道から広い視界で海が見えますが「海(沿い)あるき」はまた今度・・・・・(ウォーキングは1時間以内を目安にしています)。

南に橋を下れば「津波浸水区域」のポール、そこかしこ・・・・・。
これでは、震災クラスと言わないまでも、橋の上まで(津波が)来る可能性はありそうです。

バス停を通る際なにげにのぞいた特急バスの時刻表。
この春から「昨今の事情」とやらで一日2本から1本になってしまった・・・・・。
つい最近放映された「一日1本のバスを取材する番組」の対象になりそうです。

1日2本が1本になってしまったバス
このような条件の場所でもバス停は3本。
民間の「自由競争」とはいえ、「競争」にもならない条件ならば、呉越同舟なれど工夫を凝らし(共同バス停等)なんとかならないものかと思ってしまう自分。
自分だけでしょうか・・・・・。

県境ウォーキング 1 津波は人をさらい 物をさらい No.223

市営住宅・災害公営住宅最後尾の背後に走る三陸自動車道

1月末に引越して以来、やっと2度目のウォーキング。
ヤフオクの落札品を3㎞歩いて郵便局へ持ち込みはしましたが、作業と自由意志はちと違う(気がします)。
まずは山から・・・・・。

遠くのトンネル(900m)が県境です。
立派に舗装された道を登れば、道はトンネル前で終わっていて、小さな金網越しの電気設備があるだけでした。
伐採された後、中途半端に斜面に放り出された木々があちこちに・・・・・(痛々しい)。

途中会った山菜取り?の老夫婦は震災前川沿いに住み、田んぼとキノコ栽培をしていて、すべて流された今、高台に家を建て住んでいるのだそう。
上の写真の三陸道を越えた奥の家の1階まで海水が来たそうです。

(下の写真・上の写真の反対)三陸道(手前)から海(奥)の方向を見ても海は見えません。
山の向こうは太平洋。
手前の青い橋は国道45号線
かつて川の両側に家々が立ち並び・・・・・

震災後12年目の護岸工事が進む中、「コンクリートの道」は歩道と化し、ウォーキングや散歩がしやすくなりました。

と、なにげに下を見れば、ここにも「殻(カキ)」が・・・・・。

以前、「アワビの殻」で学習しました!
カラスか何か鳥が口にくわえて運んで・・・・・。

スイス紀行 8 修道院の町ぶら ザンクトガレン No.222

コロナ前の2019年5月末~6月中旬、30年店で働いた退職金代わりに、最初で最後の海外旅行()。

母の「高い山と高山植物が見たい」という希望で「スイス」に。

かまぼこ型の屋根・ザンクトガレン駅

8世紀に建てられた修道院を中心に広がる町、ザンクトガレン州州都。

5月末、雪のイメージある国でも日中汗ばむほどの陽気は、旧市街をのんびり歩くにはもってこい。

新緑が快晴の青空に映える中、まずはぐるっと外周を回り込んでみました。

途中、広場に出ていた”屋台”は予想外で、テイクアウトができる!はずが、高額のレストランを避け持参した”サンドイッチ”を前に断念せざるとえませんでした。

「観光地」ほど値が張る”施設での食事代”。

NHKドイツ語講座で映していた、国境の街「バーゼルのレストラン」では、「名物の料理(一皿)2人分」に「1L瓶のミネラルウォーター1本」を2人で頼んで、サービス料込、合計12000円。さすがに・・・・・。

新緑の季節・ベンチから芝生を望む

空いているベンチでランチ。

寄ってきた小鳥におすそ分け(パン)。

草に、思い思いに寝ころぶ人たち・・・・・。

 

新緑の散歩道

大変だったのは、「トイレ探し」でした。

ちょっとやそっとで見つけることはできません。

あちこち歩き回って、ステンレス色(金属製)の建物を発見!

ドアが二つ。

それぞれ開ければ、目の前に便器がいらっしゃい!(男女共通・二人分)。

ふ~~~(間に合いました)。

 

たくさんある歩道

標高670m。

75000人の街(州都)は、シーズン前からか観光客はそれほど目立たず、歩道に人少なく、のびのび過ごすことができました。

 

 

スイス紀行 7 修道院の町へ スイス国鉄はSBB・CFF・FFS No.221

コロナ前の2019年5月末~6月中旬、30年店で働いた退職金代わりに、最初で最後の海外旅行()。

母の「高い山と高山植物が見たい」という希望で「スイス」に。

 

出発前入手したガイドブックを眺めた母からのリクエストで旅の行程が決定しました。

チューリッヒ市内に連泊して、日帰りで訪れた最初の場所「修道院の町St.Gallen・ザンクトガレン」。

国土の東側に位置し、近くに小国リヒテンシュタインや大きなオーバー湖をはさんでオーストリアやドイツもすぐそばです。

2000円近くする宿の朝食を1階ロビー隣接のカフェで摂る人々を横目に出発!

駅までぶらぶら歩いて7.8分。

今度は迷わず、別ルートも開拓すればこれまた楽し・・・。

駅ホームの複数個所にある券売機の画面(英語を選択)を何回かタップし、無事往復切符を購入しましたが、肝心な操作をせず”やっちまう(大損)”のは翌日のことでした・・・。

乗り換え1回、片道80㎞未満・1時間弱の普通切符(といっても急行があれば乗れるので普通列車も急行列車も同じ料金)代は一人3300円(往復6600円)のところ、ハーフフェアカード(半額券・120fフラン・14400円)を事前購入で一人1650円(往復3300円)でした(ふ~)。

「鉄道運賃の目安」は普通列車でもだいたい1時間あたり6000円で特急列車はありません(#円安の今では7000円??)。

支払いはソニー銀行デビットカード(事前両替のスイスフラン)で。

スイス国鉄の2階建て列車・ヴァリゼレン駅

電気機関車がけん引する2階建電車が主流なようで、初めて乗れば2階からの眺めはGOOD!

広い乗降口から自転車が簡単に出し入れできて便利そうでした。

スイス国鉄・ヴァリゼレン駅

駅名は以下のような感じで特徴があります。

「Dieatlikon/デイェトリコン」・・・〇〇コンが多い

「Bassersdorf/バッサースドルフ」・・・〇〇ドルフが多い

「Winterthur/ヴィンタートゥール

「Aadorf/アードルフ」

「Wil/ヴィル」・・・〇〇ヴィル

「Uzwil/ウツヴィル」

その他「〇〇ベルク」「〇〇ブルク」「〇〇ナッハ」「〇〇ゲン」等

「次は〇〇~」と車内案内があるので助かりました。

 

途中一度乗り換えしましたが、同じタイプの列車でまたまた2階から・・・・(沿線の風景)。

車窓から・家庭菜園のようなものでしょうか

いろいろな国旗はためく小さな小屋たちは、都市近郊で週末を過ごすための場所(家庭菜園?)でしょうか、あちこちにありました。

 

スイス国鉄の車体や駅のマークは3か国語。

略称は「SBB(ドイツ語)CFF(フランス語)FFS(イタリア語)」です。

西側のフランス語圏と南側一部のイタリア語圏を除けばドイツ語圏。

車内案内もそれぞれの言葉で行われるので、乗っていると途中でフランス語からドイツ語に変わったりします。

2階建て列車の車窓から・途中の駅

世界に複数の言語を持つ国はたくさんありそうで、国民の皆さんは複数の言語を話す・行き来があるのかと思っていましたが、実際は地域差があるのか、それとも個人差なのか・・・よくわかりませんでした。

スイスでは英語は通じることがあったりしても、お互いにドイツ語とフランス語(イタリア語)を話す・・・ことは意外とありそうでない??のかもしれません。

 

平地部分を走り、無事修道院の町「ザンクトガレン駅」に着いたのはまだお昼前のことでした。