三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地県境移住者の暮し 旅の話など

昭和の東西ヨーロッパ行 253 オーバーツーリズム前に ベネチア No.744

(隣県 人気/ひとけのないあぜ道を歩く)

自宅にポスティングされた地元業者の"エアコンクリーニング案内(分厚い封筒)"

せっかくのご提案、こちらは "浜風あり/室外機なし”の生活   へき地県境移住者です

★本日の"津波"で湾内のカキ養殖いかだは、震災後再びバラバラに、、、

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今から39年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。

西ヨーロッパ(フランス)から右回りでくるっと1周。

地図・写真・小文字はグーグルマップより

ベネチア

長靴(イタリア)の足元(南)から上(北)へ。

ローマ、フィレンツェを経由して、イタリア北部の州都ベネチアまでやってきました。

 

アドリア海のラグーンに浮かぶ 100 を超える小さな島々からなる”水の都”

道路はなく、運河沿いにはルネッサンス様式やゴシック様式の宮殿が並んでいます

中心部はサンマルコ広場

 

1986年12月3日(水)

夜が明けてユースホステルのある島から目の前に水上の建物が浮かぶ朝。

昨夜、再度の”挑戦(*イギリスで一時一緒に旅した、ミラノ在住のイタリア人モニカに電話を掛けた)”が実り、後日ミラノで会うことになりました(*予定です)。

駅に荷物を預け、午後の列車まで街歩き・・。

駅近くの運河

48枚目のメモより)「道はサンマルコ広場のある本島ですら所々狭く、中には自分のように迷うやつもいるだろうと、迷子の自分をごまかす」

 

迷いながらも小路散策は楽しく、それほど広くはない島をあっちうろうろこっちうろうろ・・・。

車がいないので、いつ来るかと見構える必要もなし!

街は有名観光地であっても、今のような”観光公害”が叫ばれ入場制限や観光税(*期間限定の入島税)5~10ユーロ・800~1600円を払うような混み具合ではなく、助かりました。

水路

さんざん歩きやっと一番の名所、”サンマルコ広場”に到着。

ハトに餌をやれば手・肩・腕、さらに頭にまで乗ってくるのには驚きました。

 
邦人の口コミ
3 週間前
 
ただただその美しさに圧倒されます。奥で輝くサンマルコ寺院、並ぶ鐘楼、カフェフローリアン、空を舞う海鳥…すべての調和が素晴らしく、唯一無二の美しい広場だと思います。必ずまたいつの日か、訪れたい場所です。
3 か月前
 
3度目のヴェネツィアはカーニバル時期に訪問。毎回とても混み合ってますが今回も賑やか。いつ来ても開放的でロマンティックで素敵な広場。スリに注意しながら楽しみましょ♪
 

ベネチアと言えば地球温暖化による海面上昇と地盤沈下が主な原因とされる

  • 高潮による浸水は2024年秋にも発生、最大水位は156cm

  • これは史上2番目の高さで、市内の約75%が浸水したとの報告

  • 一方干潮による水不足で2023年運河が干上がり、ゴンドラが運航停止に

(絵はがき ベネチア ゴンドラ通る有名なカノニカ/カナル運河)

 

昼食はベネチア大学のメンザ(食堂)で。

スパゲティ・メインディッシュ・サラダ・パン・ジュースで2500リラ・338円なのは、物価の高い有名観光地では救いでした。

 

通貨単位はイタリア・リラで1リラ・0.135円(1000リラ・135円)

国税庁の統計では1986年(昭和61年)日本人の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇

 

1人の地元の学生さんがテーブルに点在する塩の入った瓶を欲しくて、”取ってくれ!”と言えば、周りの学生さんに自分も加わり”手渡しリレー”。

おそらく”sale(サーレ・塩)"と言ったのを、スペイン語のsal(サル)から連想した記憶があります。

 

(メモより)「それにしても、女性もよく食べる」

 

ベネチアのトランスアルピーノ(*当時の格安切符を扱う旅行社)で求めた、約950㎞先、フランス(南仏)~スペイン・バルセロナまでの切符は84100リラ・11360円。

 

14時45分発の国際列車は、北部ミラノから長いトンネルを抜けスイスを横断、ドイツ・フランスを併せ3か国の駅があるバーゼル経由パリ行きでした。

沿線

2時間ごとの検札。

当時から通路に灰皿があっても禁煙。

途中に見えた、”夕焼けに浮かぶ月”が印象的でした。

沿線の街 

約3時間はあっという間。

17時55分、ミラノ中央駅着。

通勤時間と重なったメトロ(700リラ・95円)は地獄の混みようで、大きな荷物を持つバックパッカーは肩身が狭い・・。

無事確保できた寝床(ユースホステル)は暖房なし・朝食付10500リラ・1420円。

 

そんな中、再度の電話で市内在住のモニカに明日会えることになったのは吉報でした。

こうして旅で出会った人から、”うち(自国)に来たら寄ってよ!”と言われたことを真に受け、ずうずうしくも案内を乞うバックパッカー・・。

・台湾で出会ったドイツ人アヒム

・フィリピンでドイツ人ウベ

・イギリス/スコットランドスウェーデン人カッレ

チェコスロバキア(現チェコ)でチェコ人ラディスラブ

ユーゴスラヴィア(現ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)でユーゴスラヴィア人(現セルビア人)ニーナ

・イギリス/スコットランドイングランドでイタリア人モニカ

 

つたない英語でなんとかなったのは、いずれも英語を母国語としていない人々同士だったからかもしれません。

後日、そのいずれもがかけがいのない一生の思い出となりました。

 

# FS(イタリア国鉄)について #

・2階建てを含め電車が多く、客車をけん引する機関車は少ない

・路線数が半端なく多い

国際夜行列車の強盗団は今もいる! 車掌もグルで全乗客が対象・・・

国旗はためくイタリア国鉄の駅

 つづく