昭和の東西ヨーロッパ行 251 同じ観光都市でも ローマ フィレンツェ No.742

(x/旧ツイッターより 本当かな・・・)
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市の広報誌に毎月載る”お子さんの写真”
今月も名前の読み方(茉愛・柊悠・花琉)に全く見当がつかず・・
自分の頭ではわからないので今後見るのを控えた、へき地県境移住者です
”正解”は、”まう・ひう・みちる”
おそらく日本人のお名前ですが・・・
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今から39年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。
「旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。
西ヨーロッパ(フランス)から右回りでくるっと1周。
地図・写真・小文字はグーグルマップより

(絵はがき 空から見るバチカン市国・サンピエトロ寺院/奥)
1986年11月30日(日)
首都ローマの第四日曜日は”無料美術館・博物館”の日。
数ある中からその一つを訪れてみれば、当然ながら人・人・人。
普段空いている街を旅し、人混みのあまり得意ではないバックパッカーは早々に退却・・。
建物の表に出ると寄って来たのは”物乞い/こじきちゃん(*流浪の民/ジプシーの女の子)”。
”来たなぁ~!”
彼女に対して切れたズボンを見せ、(逆に)金をせがむバックパッカー、、、。
彼女はすぐにあきらめ、次の"獲物"へ、、。
この手の子どもたちは"対象者を複数で取り囲む戦術"を取ります。
あらあらどうしましょう、などと戸惑っているといつの間に体のあちこちを触られ、ポケットから財布/小銭入れがなくなっていたりするのだとか・・・(今ではスマホ?)。
(48枚目のメモより)「ボロ着では負けないぞ=」
美術館・博物館無料のせいもあり?週末だというのに、にぎわっているはずの噴水広場(ナヴォーナ広場)はひっそりとしていました。

西暦 1 世紀に造られた、古典的な噴水があるエレガントな広場
ストリート アーティストが集まり、バーが点在する
犬ならぬバックパッカーも歩けば名も知らぬ遺跡に当たる街。
路地裏歩きのおしゃれ(に見える)ネコ。
古代建造物を満載した首都のだだっ広い空間は空襲のあった日本にいては想像できず、思わず東京の面影が脳裏をめぐらす。
事前にイメージしていた”ベスパ(Vespa/イタリアのスクーター)”は見かけなかったけど、おしゃれ空間(街並み)は恋人と歩くにはいい場所かと、実現なき夢に頭を巡らしてしまいました。
11月末、冬枯れの景色に古代遺跡と今世紀初め?の建物が調和する街、ローマ。
1986年12月1日(月)
#米ソ冷戦末期・12月の日本でのできごと
・バブル景気の始まり
・『ジョジョの奇妙な冒険』連載開始 荒木飛呂彦による人気漫画が『週刊少年ジャンプ』で連載スタート
・フライデー襲撃事件 ビートたけしとその軍団が講談社の編集部を襲撃
強風にあおられた列車が鉄橋から転落、死者6人・重傷者6人を出す大惨事に
丸3日過ごしたローマよさようなら。
丸3日の曇り空は、トラム(市電)の似合う街を去るこの日やっと晴れ間を見せていました。
向かうはドゥオーモ(大聖堂)で名の知られた都市フィレンツェ。
今は思わずあの国営放送のキャラクターの名と重ね合わせてしまいます。
(48枚目のメモより)「始発のローマ・テルミニ駅(中央駅)は公衆電話の残りコインの漁をする/押して余ったコインを取り出す(漁る/あさる)男たちが引きも切らない」
11時55分。
欧州では珍しく電車が主体のイタリア国鉄でしたが、ホームにやってきたのはまたもや電気機関車に引かれた客車、、、。
それも、週初めは長距離列車の少なさからか超満員・・。

ローマ~フィレンツェ間の距離は約280㎞(*東京~山形のイメージ)。
国内線の運賃は6円/㎞で安く助かりました。
トンネルばかりの新線は高速運転を可能にし、あまり景色を見る間もなく2時間半であっけなく到着、、、。
39年後の現在ではその2時間半が1時間半に・・。
さらに意外と時間も正確になったとか・・・(ほんとかな?)。


フィレンツェ・○○○○駅が複数ある
邦人の口コミ
さすが有名都市。
加えて”ローマ~ベネチア間の幹線沿い”は絶好の立地。
そうなれば、フィレンツェは”日本人ごっそり”の街でした。
(メモより)「ローマより人気か、、、」
それもそのはず。
ルネサンス時代の数多くの傑作と建築は、
・タイル張りのドームと、ジョットの鐘楼で有名なドゥオーモ(大聖堂)
・ウフィツィ美術館にはボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」やダヴィンチの「受胎告知」
など聞いたことのある名前が・・・


大きな大きな教会や高さある塔。
ローマに続き石畳の路地。
典型的なヨーロッパの都市の中に、”緑の窓枠”と”彫刻像”がイタリアらしきところか、、、。
それでいて街は観光客集う場所を除けば予想外に静かでした。
しばし道行くイタリア人たちを見ていると、なんとなく観光客慣れ?しさっそうと歩くすまし顔の女性が多い気が、、。
それは、洗練された都会の女性の姿だったのか、、、。
宿はペンション・ツイン素泊りが30000リラ・4050円。
ローマで同宿した日本人と割り勘でも、食料品や食事代はローマより割高で、そこに所得の違いもありそうでした。
通貨単位はイタリア・リラで1リラ・0.135円(1000リラ・135円)
国税庁の統計では1986年(昭和61年)日本人の平均年収は386万円

この街は現在で言えば京都のようなもの?なのか、、、。
見どころは数々あれど、同じ観光客であふれるローマと裏腹に割高感が漂っている。
そんな洗練された街も、ひとたび中心から離れれば自然の営みを垣間見ることができたかもしれませんが、、、。
なるべくヨーロッパ全土を回りたいバックパッカーにそのような時間はなく、その日も中心街を歩いておしまい。
西ヨーロッパ(フランス)から右回りでくるっと1周する中で、約8か月の間に数々の教会・大聖堂や美術館を見てきました。
そのどれもが似たようなものとは思いませんが、さすがに食傷気味か・・・。
となればさっそく次の訪問地、特徴ある"水の都(ベネチア)"が頭をちらつかせ・・。
つづく