三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地県境移住者の暮し 旅の話など

昭和の東西ヨーロッパ行 240 いやしの街 イズミル トルコ No.731

先月県北を出、新鮮なタケノコを所望する県央の親を乗せ県南/山の無人スタンドへ

昼前、保冷剤入発泡スチロールの中をのぞけば最後の1本!

放射能検査済のシール/袋の手間かけて、お代は100円とは、、、(直売所/スーパーは約4〜5倍)

移動距離は県央から70km/南北県境間180kmでした

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今から39年前の1986(昭和61)年、転職直後の離職で幸運にも実現した長旅。

旅と鉄道好きが一生に一度多くの国を訪れる」条件に合致したのは、当時東西に分かれていたヨーロッパでした。

西ヨーロッパから右回りでくるっと1周。

地図・写真・小文字はグーグルマップ/Copilotより 

ドイツは東西、チェコスロバキアは一体でした

スロベニアから北マケドニアまではユーゴスラビアでした

トルコの左(西)半分をおおざっぱに右回りして、第三の都市イズミルに到着

「骨休め」の街についつい長居してしまい・・・

 

1986(昭和61)年 11月15日(土)

週末だというのに、銀行に行く(*両替)のを失念・・・、少ない”手持ち”でおとなしくしているはめに・・・。

 

こんな時に限って(?)スーパーで食料品を買えば「コイン不足」と言われ、”釣銭代わりにガムをもらう”バックパッカー

 

(47枚目の便せんメモ)「そのせいもあり、”トイレ銭(*トイレ用小銭)”に困る」

現在の街中

仕方がないので大きなホテルで両替したら、15米ドルが11150トルコリラに化けたのですが、従業員は10000リラを目の前に置き端数の50リラは渡さない・・。

しかも10000リラは大きすぎて街中では使えない?

そこでフロントの”偉そうな人”にクレームを入れ、”細かく回収”しました。

 

通貨単位はトルコ・リラで1リラ・0.252円

国税庁の統計では1986年(昭和61年)日本人の平均年収は386万円 

35年後、2021年(令和3年)は443万円で約15%上昇

 

本日はここまでご縁なきハマム(*トルコ風呂/公衆浴場)”に行ってみました。

入浴料金は600トルコリラ・151円、加えてチップ100リラ・25円。

なんと!500年前からあるという、安くて大変評判の良いハマム

まずベットと鏡と机のある部屋に入り、腰巻とタオル2本をもらい、貴重品はセイフティーボックスへ。

目の前にあるは決して明るくはない空間。

四角い部屋の中央はあか落としをしてもらうか”お休み処”のようでした。

その中央の周りに、何か所か仕切りのあるカランがあり湯水が出る仕組み。

部屋の四隅は”湯だめ(お湯が貯まっている)”の構造。

やはり、”浴槽”はなし。

それでも、バックパッカーは雰囲気を味わうだけで充分でした。

 

すっきりしたあとは、「トルコの父」と呼ばれるアタチョルク博物館へ。

ムスタファ・ケマル・アタチュルクはトルコ共和国の初代大統領(1881~1938)

近代化を推進した指導者

オスマン帝国軍の将軍で第一次世界大戦後のトルコ独立戦争を指導し共和国を樹立

政教分離を徹底しイスラム教を国教とする条文を憲法から削除

また、トルコ語の表記をアラビア文字からラテンアルファベットへ変更

一夫多妻制の禁止や女性参政権の導入など、トルコの近代化を推進

現在でもトルコ国内では彼の肖像や名前を頻繁に目にすることができます

現在は非常に評判のよいアタチョルク博物館
今も入場無料のようですが、当時は寄付箱に50リラ・13円を・・

大統領の家は立派なのはもちろん、着ていた服の展示まで・・。

なによりも、散髪室や病室完備には驚かされました。

 

大きな館を見たあと、細かい迷路に小規模な店が連なる商店街をぶらぶらしながらお土産を物色するも、地酒でウォッカみたいなラッキ(水を混ぜると白くなる)350ml瓶・1500リラ・380円はすぐにでも飲んでしまいそう・・(*実際飲んじゃいました)。

 

買い求めた食料品は、

・たまご 5個・40✖5=200リラ・50円

・トマト 150リラ・38円

・羊肉 290リラ・73円

・リンゴ 1㎏ 80リラ~・20円~

・ぶどう 1㎏ 200リラ・50円

 

お昼ご飯(テイクアウトのランチ)は、

・オープンサンド 130リラ・33円

・ホットドッグ 200リラ・50円

 

ファーストフード店のフライドポテト200リラ・50円でも充分安いのですが、一皿料理400リラ・100円を取れば”パンと水は無料”の食堂もあったのです。

現在のショッピングモール
当時は小規模な店しかありませんでした

午後9時半。

夜の歓楽街(飾り窓)を見に行くと、”稼ぎ時”の通路は人であふれかえっていました。

 

闇が夜空を覆う中、色とりどりの店が立ち並ぶ下界巡り。

狭い路地を隅から隅へとぐーるぐる。

”寄ってらっしゃい!いらっしゃい!”

目の前に繰り広げられる”男女のせめぎあい”。

”非日常の景色”に心が高揚したのかもしれません。

 

午後10時半を過ぎると店じまいが始まり、帰る女性たちの姿もちらほら・・。

なんと!11時が閉店のよう。

日本では「0時からよ」と言う、その手の職業のお姉さんもいるというのに。

これはイスラム教の影響なのか?

 

こうして”見学会”は無事終了・・。

宿に戻る途中、山肌に映える家々の明りがやけに印象的でした。

思いもよらず、この日でトルコ滞在19日目の夜になってしまい・・・。

"このままではまずい"。

"旅程フリー"で自堕落におちいる前に、そろそろこの国を"脱出"する気持ち芽生える、バックパッカーでした。

現在の住宅街広がる山肌

   つづく