三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

歩行者天国を登城セリ 青葉城 奥州 No.442

県央在住の親の通院の送り迎えで中心部の路地裏まで。

待機場所を探す中で見つけた駐車場は思ってもみない場所でした。

街中の青葉通りから広瀬川を渡り、右に国際センターのある交差点を左折。

数少ない無料駐車場が右手に見える・・・はずでしたが、折しも一帯は大規模工事中・・。

たくさんの工事車両が出入り&占有する広い敷地から追い出された、10何台かの一般車両が、奥が行き止まりの道路沿いに並んでいる・・・(幸い”駐車禁止”の看板は、、、)。

(並んでいる場所は★地図下のトイレあたり↓↓)。

このあたりは戦後間もなく建てられた「川内追廻(おいまわし)住宅」が長い間あり、昨年最後の方が退去後、一帯を公園にするのか大規模の真っ最中。

昭和を感じさせる、テニスコートが並んだ行き止まりの道をUターンすれば、多くの営業車(トラックまで)が休んでいます。

ふと切り立った崖の上を見上げると、何かの建物が見え、かつて崖の上にお城があったことを意識させました。

グーグルマップで見ると、崖の上まで1キロちょっと・・なら行ってみよう。

地図は平面ですが目的地は崖(がけ)の上なことを忘れても大丈夫な距離(でした)。

来た道を公園まで戻り、江戸時代登城しただろう、門のあった広い入口から登り始めれば、やがて車両通行止めの案内が見えました。

そうでした。

昨年の地震で石垣の一部が崩れ、修復中でした。

普段は城跡や動物園・山の上にある住宅地までの交通量多い車道。

これ幸いと真ん中を進みます。

まだ朝9時台のせいか歩く人に会うこともないまま、あっけなく城跡入口まで来てしまいました。

下の写真は城跡です。

復元された土台と、最近修理から戻ってきたばかりの伊達政宗公の騎馬像。

残念ながら黒い網で四角に囲われ、その姿を見ることはできず、代わりに写真が置いてありました。

ここまで来ると、さすがに有名どころ、平日10数名超の見物客が散見されます。

思い起こせば、以前の訪問は圏央の電子部品(防衛用)の輸入商社をやめた直後で、遊びに来た(”来仙”と言います)神社仏閣が好きな上司を連れて・・。

それから約30年。

その上司に、自分が上京するたびにやめた社員を集めてもらい、品川あたりで飲み会を開いてもらっていたのですが、コロナで会えぬうちに”ガンで卒業”したことを知ったのは喪中はがきでした。

 

おっと、長居はできない付き添いの身。

早々に”下城”しました。

(誰も歩いていない”歩行者天国”と眼下に広瀬川と整備中の公園。

100万都市は22年後の2045年に80万都市、の予想が出ています)

思い立っての1時間半ウォーキング。

遠くから訪れる観光客の皆様は、一気に上の駐車場(有料)まで行かれることと思います(他の道から行けます)が、もし時間があれば下から”登城”するのも一考です。

市は、来年度着手する跡(青葉区)の大手に合わせ、隣接する脇櫓(やぐら)(隅櫓)も史実に沿った形で建て替える予定です(調査に10年・2038年度までに完成予定)だとか

調査費用を含めかなり(二桁の億、期間)かかるようで、力の入れようが伝わってきます。

先ほどの「石垣くずれ」も修復は調査費用から、、、(石ひとつとっても、かかるようです)。