三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

「旧道の駅 高田の松原」は広い敷地に閑散として 津波復興記念公園 岩手県陸前高田市 No.326

先日。
暗雲立ち込める週末の土曜日。

以前から国道45号線を通るたび横目で眺めるだけだった「道の駅 高田の松原」を歩き回る機会に恵まれました。
震災で壊滅的な破壊を受け、今は震災遺構としてその姿を残す建物です。
(現)道の駅」で入手した地図にはなぜか「タピック45」とのみ書いてあり(「旧道の駅」と書いていない)思わず、ん?
よ~~く見ると、建物の「道の駅高田の松原」の字の下に「TAPIC45・その下に小さくタピック」と書いてありました。

その意味を思い浮かべましたが・・・(ちんぷんかんぷん)。
津波到達地点14.5m」の看板は左側に。

道の駅 高田の松原」 右奥が新しくできた震災津波伝承館と併設する道の駅です・山側・国道側)

震災伝承館から海に向かい、長い防潮堤から反対側、山の方向を見れば「道の駅 高田の松原」は離れたところにポツンと鎮座していました(下の写真)。
手前から奥まで、あたり一帯はきれいに整備された「津波復興記念公園」です。

建物までは、週末多くの人が訪れる「(現)道の駅 高田の松原&震災伝承館」からぶらぶら歩いても2,3分ほどですが、訪れる人はほとんどいないようで、この日も静かにたたずんで・・・・・。

記憶に寄れば、一度だけ中に入ったことがありました。
それは20年近く前の夏。
子どもの夏休みに合わせ、三陸沿岸を北上した帰りに寄ったはずも、記憶は近くの海辺にあった野球場の駐車場で「(スーパーで刺身とごはんを買って)作って」食べた「海鮮丼」とは、食べ物には勝てませぬ・・・。

日本海側と違い、夏の三陸沿岸は天気がすぐれない時もあり(水温も冷たい)、当時もほとんど泳げないまま南下して、海岸沿いに長く立ち並ぶ松で有名だった「高田の松原海水浴場」も利用しないまま帰路に着きました。

暗雲立ち込めるその日、「道の駅」に着くころには周りに誰もおらず、海に面した「正面」は津波に破壊されて、周りに小さな白い花が咲き誇っていました。

(広い敷地)

津波の力で折れ曲がったまま)

(骨組みだけが残り、果たして何の建物だったのか、今は知るよしもありません)

ふたたび長い防潮堤に登り、広田半島(北側)方面を見れば、ふたたび植林された小さな松林が並んでいました。
年数をかけて、これから少しづつ成長していくことでしょう。
今では海水浴場(下の写真の正面あたり)も復活し、広くて長い砂浜で思う存分泳ぐことができるようになりました。

海岸の広い面積が「津波復興記念公園」として整備されています。
何か所かある駐車場に車を停めて、海・山の「視界開けた景色」を堪能できる場所です。
また、目の前の広田湾に並ぶ、たくさんの養殖いかだで採れた「カキ」や「ホタテ」などの海産物をお店でいただくのもアリかと思います。