三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

ちょこっと夏旅 秋田 男鹿(おが)半島 日本海 4. 大潟村 男鹿温泉郷 入道崎 No.295

2021年7月。

昨夏、秋田方面に初めて車で出向いてみました。

エコ(せこ?)運転すればリッター21~22~23キロは走る、軽自動車トコトコ号で。

 

今日も朝から快晴。

八郎潟干拓にできた、大潟村秋田県南秋田郡までの道すがら。

潟上(かたがみ)市から国道101号線に出れば広くて走りやすい道なので、かえって町中を走る旧道(裏道)をゆっくり進みます。

と、まとまって何件かの「飲み屋さん」(平屋)があれば、漁師さんのため?(この地域に漁協があります)

国道と違い、新旧の民家や学校がある街並みを感慨深く見たわけは、そのあたり一帯が「競売」の場所として複数回裁判所のサイトに載ったことを覚えていたからです。

もちろん、何の関係もありませんが、その一軒家の価格(~200万~他)にひどく「安さ」を覚えた記憶がありました。

 

(地図の)白い道を北上すれば、干拓ならではの「真っすぐな道」。

もちろん真っ平です。

駐車場空く、お堅い感じの大きな建物「大潟村干拓博物館」隣接の「道の駅おおがた」。

広い建物内に豊富な農産物!

安くて色・形の種類ある「ミニトマト」やらなにやらを・・・(ありがとうございます)。

「顔写真並んだ生産者の”お姉さんがた”」に感謝して・・・(また!)

 

こちらから西に折れ、日本海を望む「安田海岸あたり」に出れば、小さな風車群とソーラーパネルがお出迎え。

何十基あるのやら・・・。

小さな風車群

目を凝らしてみても、日本海に船は・・・・見当たらず・・・。

波穏やかで「何も(い)ない」のが気持ちいい。

男鹿半島からの日本海

このあと目指すは半島の先「入道崎」。

かつて中学校の修学旅行で訪れた場所です。

途中、「男鹿温泉郷(温泉街)」に寄ってみたのは、そこがかつての宿泊地だったから。

宿の表看板の「歓迎 〇〇中学校御一行様」と書くべきところ「将軍中学校御一行様」と書いてありびっくり!した懐かしい思い出。

その後、冬の単独旅で「ユースホステル」に2泊して「しょっつる(ハタハタ鍋)」と「きりたんぽ鍋」をいただいた冬休み。

今その温泉街は、入口の宿の建物が朽ち果てていて(廃業)、奥に進むも人も車も店も・・・「活気がない」・・・・・。

 

他の観光地と同じく、かなりの宿泊者の減少を感じられました。

 

(地図の「拡大地図を表示」あたり)

ならば、と半島の先まで進めば、「入道崎」は今もありましたが、駐車している車が夏休みにもかかわらず少ない・・・。

その数、数台・・・。

団体さんもたくさん収容できそうなお土産物&食堂(レストラン)は、写真奥の3,4軒が営業するだけで、手前の4軒はシャッターが下りたままでした。

こちらもかつてのにぎわいを感じさせないほどのちょう落ぶりです(駐車場の広大さがかつての繁栄を・・)。

入道崎

灯台は歩いてすぐ。

真夏の暑さがなければのんびりしたい場所でしたが・・(だだっ広い草地のみにて直射日光が暑い)。

入道崎 土産物屋さんと灯台

公共の乗り物(バスかマイクロバスかワゴン車でしょうか?)で来ようと思ったら、隣の終点までは右側。

帰りは土日の朝を除き「運行委託会社(タクシー)」に「予約が必要」なようです。

 

バスの時刻表

観光地にもかかわらず、いったい何人の方が利用されるのか??

時刻表をみただけで厳しそうな予感・・・。

 

バスを何台か連ねて、行くところ行くところお客さんで一杯。

活気があるのが当たり前。

「昭和の団体旅行」は本当に恵まれていたのだと、思わざるを得ませんでした。

それでも、「静かな・自然あふれる土地」をじっくり・ゆっくりまわれるのはありがたいことです。

自然はそのまんま(時たま猛威はありますが)」。

 

日陰に置いた車で持参した昼ご飯を食べたら出発です。

ここから海沿いに、どこまで戻れるか??

「成行(なりゆき)」まかせです。

 

つづく