三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸部 暮しと旅の話を中心に

荒天の校外学習 「銀鮭」かなわず 南三陸町 No.209

梅雨入り前の6月初め。
多忙を極める写真館さんからの依頼で、急きょ校外学習の模様を撮影しました。
町内5校の6年生が町の寺社と名所を巡ったあと、島に渡り銀鮭の養殖場を見学、水産業を学ぶといったものです。

沿岸沿いを片道60㎞、三陸自動車道(無料)を使って50分。
なかった時代は・・・・・。
各校ひとクラスの中でも児童数の少ない1校(児童数一けた)の卒業アルバム用(そのうち一人はいじめ?で欠席)ですが、地方の写真館さんが請け負った「(仕事の)単価」は決して高くない=安価な労働力に依頼が回って来る、感じです(計130㎞・ガソリン代込の金額はボランティアの気持ちで)。
町内の学校を複数請け負う写真館さんも来ていましたが、やはり軽自動車かぁ~(商売道具=カメラはよさげなもの)。

曇天(どんてん)の朝通勤の車が連なる三陸道(片側1車線)。
なんとか速度を維持しつつ、軽自動車トコトコ号は集合場所の「南三陸町ベイサイドアリーナ」に到着。

(トコトコ号はこんなに立派ではありません)

やがて児童らは3台のバスで姿を現しました。
今住む自治体の2台のバスは経費節約でちかぢか廃止されますが、町のバスが1台、「集合場所へと解散場所からの送迎」に来ていました。
2台で目的地に出発!町の職員さん何名かはワゴン車で(といっても5分で到着)

リアス式海岸を望む、狭い場所にある「荒澤神社」には駐車場がない!ので、戻ってバスにならって近くの漁協跡地に駐車し徒歩で参拝です。

歴史ある大木、歴史ある小さな神社。
鳥居から望む、小雨そぼ降る志津川湾(手前は震災後にできた防潮堤)。

漁港や人気の集客処「さんさん商店街」、復興記念公園内の「防災対策庁舎」を見ながら山に向かって10分で「大雄寺」に到着。

階段を上った先のお堂で住職さんから話を聞きます。
平安時代奥州藤原氏が開基され、何体かの仏像、人を乗せる「籠(かご)」二つや地獄絵図がありました。
児童が興味深げに見ていた隣の部屋は「東日本大震災の(ものが多い?)納骨室(無縁仏)」でした。
「箱の中は何?」
「お骨だよ」

35分バスに乗り「神割崎」に着くころには曇天から雨天模様。
岩の間からご来光」の場所も予定変更で”車窓から~”。
人気ある「神割崎キャンプ場」での昼食は「三陸・海のビジターセンター」へ。

環境省の建物は新しい!(無料)雨天平日は貸し切り状態。
昼食の後は漁協の方や漁師さんの話が続き、床に座った児童たちにそのうち「眠気」が襲い・・・・。
「部屋詰め」が続き撮ることもかなわず、手持無沙汰なひととき・・・・・・・・・・。

(シャワーや更衣室もある立派な施設)
「すぐ目の前は海」ですが防潮堤が・・・。

結局、荒天で「船に乗って椿島に行き、銀鮭の養殖場を見る」ことかなわず、ここで解散となりました。
自分も楽しみにしていただけにまっこと残念!!

バス3台(町の1台を含む)を見送った後防潮堤を登れば、そこは志津川湾、午前は湾の反対側にいました。

なんと、1校は明日運動会があるとか(2日続けて大丈夫かなぁ~)。
昼食時に撮りながら話しかけて感じたいまいちな「楽しみ・ウキウキ感」。
お母さんに作ってもらった(豪華に見える)お弁当おいしく食べたかなぁ~?。
今週感じた、ギューギュー詰めに感じる行事日程(誰のために??)。

いただいた紙をよく見ると「南三陸町ふるさと学習会”春”」しかも(雨天)となっていました(晴天用があった?)。
梅雨前の不安定な天気に運動会等延期もよくあり、今回(雨天)のスケジュールも大幅変更。
先生・町の職員さん・急きょ対応した施設の方々、たいへんお疲れ様でした。
」もあるそうなので、皆様どうぞおきばりやす・・・・・。

この後土砂降りになって、三陸道の車列に混じり写真館経由で家路は夕刻、道沿いの温度表示は11(度)でした(半日仕事)。

翌日の朝は沿岸部特有の「濃霧」で運動会は延期??になったのでしょうか?
三陸道の)トンネルを抜けると晴れ間広がり・・もありですが、今朝の橋からの視界は真っ白だった模様。