三陸 海 旅 つれづれなるまま

三陸沿岸 へき地移住者の暮し 旅の話など

29.旅のすすめ(こんなご時世になんですが)

中2の夏、初めて家を出て隣県の湖でキャンプをしてから、「旅の人生」は始まりました。

その「非日常」が何とも言えなくて、アルバイトでお金をためては、休みのたびに今でいう「乗り鉄」と「撮り鉄」で全国あちこちへ。
将来、親の面倒を見ることはわかっていたので、今のうちに・・・。

新宿西口駅の前~♪の家電量販店で一眼レフカメラとレンズ2つを買い。

国鉄時代は「周遊券」や「ミニ周遊券」という安価で便利なものがあり、7日間~21日間有効で、途中下車しない限り最終日の列車に乗り続けることができました。

学生のうちに、「周遊券」で北海道、四国、九州、信州、山陰、北陸、「ミニ周遊券」で東京、地元、を回りました。
急行列車に乗り放題(最後のころは特急もOK)で、急行列車全盛(★本数や路線がたくさんあった)の時に旅行できたのは本当に幸せだったと思っています。

社会人になってからも、「青春18きっぷ(★今でもあります!)」で関西や甲信越、九州まで普通列車でとことこ・・・。

夜行列車全盛を利用して、宿代を浮かし、「夜行・夜行・ユースホステル」なんて具合でした。
横型のリュックサックをしょった「カニ族」の世代ではありませんが、ユースホステルはよく利用しました。
まだまだ利用者がいたころで、一人旅が時々二人三人になったり・・・。
もちろん、ほろずっぱい思い出も・・・。

北海道や鹿児島の海岸にたたずみ、みんなで酒を回し飲みしたり(★あとで北朝鮮に拉致されたころだったことがわかり・・)。
五右衛門風呂に入ったり。
高知では原チャリ(50㏄・原動機付き自転車)を借り桂浜まで風を切りながらひとっ走り。

・・・・・思い出は永遠です。

写真は、6年前、ご縁あり訪れた鹿児島で、鹿児島駅鹿児島中央駅・旧西駅ではありません)でJRを降り、市電に乗り換えたときのものです。

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市電のある街は今でもあちこちありますが、市電が走る道に余裕があるのでいいなと思ってしまいます。
自分のいた街は、市電がじゃまになり、昭和50年代に廃止されました。
今でも、大都市広島で安い運賃で走り続けている姿を見るにつけ、違いはあるものだと、思うばかりです。