昭和40・50年代、旅する若者の間に君臨した宿、「ユースホステル」。
1泊2食付2000円台まで(一時期)でしたが時代が変わり下火になり・・・。
当時利用した宿のその後をたどってみると・・・。
昭和54(1979)年8月 休み 四国周遊券(20日間有効)を利用
当時、周遊券は「周遊区間までの往復は普通列車が、周遊区間内は普通・急行列車自由席乗り放題」でした。
足摺・あしずり岬 金剛福寺ユースホステル(高知県・土佐清水市)廃業
土佐くろしお鉄道終点(四万十市)中村駅下車 バスで1時間土佐清水市乗り換えで15㎞
お寺さんの一部を開放したもので、廃業済みです
別に「あしづりユースホステル」が存在するようですが、協会のホームページにはこちらも「当面の間休館しています」の表示が・・・。
高松0時37分発の「夜行普通列車(気動車・ディーゼルカー)731D」で高知県入りし、一気に終点まで行かず手前の駅で後続列車(733D)に乗り換え・・・をしていたようです。
中村駅から四国最南端の灯台のある岬まで、歩けるだけ歩く「踏破」を開始、真夏の炎天下、重いリュックを背負い3時間。
遠くから聞こえてきた「鳴き声」は近づけばブーちゃんの声でした。
ブーちゃんの行列から聞こえてくる、けたたましい鳴き声。
それは断末魔の叫びだったのです。
初めてその(屠畜・とちく場)存在を知った日から今日まで。
途中の食料品店では、汗だくだくで瓶ジュースを一気飲みした、その姿を見て店の方が麦茶の入ったコップを差し出してくれました。
さすがに残りはバスで・・・。
灯台のある岬は一見の価値ありそうです。
スタンプのつばきは今もあるかもしれません。
別に日本酒をテーマにした木の香漂う安らぎの宿「高知ユースホステル」が存在するようです。
協会ホームページでは高知県のユースホステルは現在2つ・・・ですか・・・。
県庁所在地の宿は夏休みの稼ぎ時、かなりのホステラーで一杯でした。
洗ったTシャツを扇風機にあてて乾かしていたやつは扇風機のほこりがついてたいへん・・・。
たくさんの人がいたにもかからわず?仲良くなった人たちと翌日「うまいラーメンがある」とかで食べに行き「味覚の個人差」を知り、かき氷のうまさを知り。
原付バイクを貸してくれる方がいて、「桂浜」まで行くことができました。
見知らぬ街を風を切って走る、あの爽快さ今でも・・・。
訪れた宿の数「34」のうち
廃業した数29
今も営業中5(うち休館中2)